2006年11月 5日 (日)

~ピョンテク消息~

ピョンテク闘争に多くの関心を持って頂き本当に有難うございます。

今日、キム・ジテテチュリ里長の裁判がありました。

とても残念な事に実刑2年を宣告されました。

なんの罪もないキム・ジテ里長に実刑が宣告されこれ以上米軍基地拡張を阻止する闘いが出来ないようになっています。

政治的な犠牲になっているのは火を見るよりも明らかです。

とても辛い時期です。

今後、住民たちとどのような生活を過ごすのか途方に暮れています。

皆さんたちの多くの関心と支持をお願い致します。

季節も寒くなり、心も寒いです。

お互いに暖かく支えあえれば嬉しいです。

米軍基地のない平和な世界が来る時まで共に力強く闘争しましょう。

すべての方々に健康と幸福を願って

-平澤テチュリから チャン・ドジョン-

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昨日、ピョンテクから上記の切ないメールが届きました・・・

まさか、キム・ジテ里長に実刑が言い渡されるなんで、言葉もありません。

力のない自分が情けなく感じます。

キム・ジテ里長の実刑は住民の方たちにどれほどの衝撃を与えた事でしょうか?

この求刑が住民を立ち上がれなくするための見せしめだとすれば・・・

住民たちが孤立しないように私たちは声を上げなければならないでしょう!

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2006年9月 1日 (金)

大秋里の風景②

緑の大地

              緑の大地

遠く広がる野原を見渡す丘には

風車があります。

青、黄、赤

黄色の風車が一人で回れば雨が降ると言いますね。

人々の心は黄色の風車に釘づけられます。

大秋里、トドゥ2里には人々が住んでいます。

警察たちは不法に検問をしています。

住民ではなければその誰もテチュリ、ドドゥ2里に

入って来ることが出来ないと言います。

大秋里、トドゥ2里には人々が住んでいます。

彼らは犯罪者ではありません。

平和の土地、生命の土地が泣いています。

ここが果たして大韓民国京畿道平澤市ペンソン邑テチュリ、トドゥ2里ですか?

大秋里、トドゥ2里には人々が住んでいます。

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大秋里の風景①

大秋里の風景

                    緑の大地

大秋里村の路地には赤く染まった唐辛子

焼け付くような日差しに一層、赤く輝く。

どっしりとコンクリートの床に腰を下ろし

唐辛子を乾かす農夫の指

力強い生き方

米軍基地が何のために鉄条網に守られなければならないのか

朝、あちこち村をひと回りしてみれば

土と共に生きている人々

親しみを込めた笑みで「どこ行くの・・・」

口もとの微笑み笑顔はしわでいっぱいだ。

ここ大秋里、トドゥ2里にも人々が住んでいる。

             

              924日、第4回平和大行進

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2006年3月10日 (金)

再び平和を取り戻したテチュリ

再び平和を取り戻したテチュリ・・・第553日目キャンドル行事

                               3月7日のテチュリ

午前からテチュリ・トドゥリ2里の住民たちとペンソンチキミたちが一同に集まった。今日は何が起こるのか、村を守り抜くと言う住民たちの気持ちを共有できるようにした。

午前から集まった人々は学校の運動場と村のあちらこちらの掃除をする事にした。

老人ホームで一緒に昼食をとり、昨日何があったのかと言うように住民たちは田を耕しニンニクに肥料もやった。テチュリは平和を少しずつ取り戻したようだ。

今日は温かい天気で本当に気持ちが良い。藁の上に寝転がってお日様を浴び、住民たちと一緒に小学校の運動場でサッカーをし、凧揚げをしながら午後の時間を過ごした。

▲警察のテチュリ収奪に備えて午前から住民たちがテチュリ小学校に集まった。

▲学生たちと住民たちが運動場を一緒に掃除をした

▲ニンニクに肥料をやっているテチュリ住民

▲テチュリ村の入口を陣取ってお母さんたちが座っている

午後2時、予定通り各界の団体たちと住民たちが共に決意大会を持った。民主労働党カン・ギガプ議員を始めとして昨日の消息を聞き駆けつけてくれた同志たちだった。

▲力強い決意をスローガンと共に叫んだ

第553日目のキャンドル行事の場に今日も変わらず、たくさん集まった。

数日前から共にテチュ小学校を守ってくれている人々もいるが、ピョンテク・アンソン地域の労働者共同闘争本部とキア自動車、民主労総、キョンギ本部の労働者たち、キョンギロとチュンナム地域の民主労働党学生委員会の学生たち、青年団体、ピョンテク自活後援機関、疑問死対策委員会、オサン労働者センター、チャン・チャンウォン牧師、ト・ポンスさんなど昨日の消息を聞いて駆けつけてくれた新しい顔ぶれだった。

▲みんなの手にキャンドルが戻った!がんばろう!!私たちは必ず勝利する!!!

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2006年3月 8日 (水)

ついに!!!

3月6日に行政執行が行なわれると言う事で日曜日の夜から、市民団体・大学生などが駆けた。

闘いがついに始まった!

大学生たちの寝ずの番で守ったテチュリの夜が明けはじめた。午前9時テチュ小学校、強制収用行政執行があると言う予告にあわせて早朝6時から全国から集まった団体たちと住民たちはペンソンを守り抜く最初の闘いの日となる今日は決意大会から始まった。決意大会を行なった後、ピケを持って小学校前の運動場に緊張感の中で集会が始まった。住民たちは死んでも土地を守ると言う覚悟でスローガンを叫び、市民団体たちと一緒にその場に座り込み怯まず闘うという姿を見せつけた。

▲テチュ小学校前で決議大会を開き各界の市民団代たちと住民たちは集会を行なった。

▲現在、今日から3月末までテチュリ・トドゥリ・ポンジョンニまで集会申告及び許可を受けている状態だ。

▲9時テチュリ小学校、強制収用行政執行にあわせて4時間の間、集会が行なわれた。

予定されていた9時を過ぎても執行官は姿を表さなかった。ただ、遠くの米軍基地の中で戦闘警察のバスと警察が移動する姿が見えるだけだった。

午前10時ごろ、テチュリ入口に20余名と共に行政執行官が姿を表したが、住民たちの強力な抗議で30分もしないうちに追い返した。行政執行官は事前に警察に身辺保護を要請している状態だった。最初に彼らを追い出した後、人権活動家たちが強制収用行政執行を糾弾する記者会見を持った。その後、小学校の正門で守る事とした。

▲人権団体たちがテチュリ小学校正門で記者会見後、正門を守った

12時を回って警察がテチュリ入口に配置された。警察たちの中には執行官もいた。彼らは小学校前で座り込んでいる人権活動家たちに3回の解散警告をした後、公務執行妨害で連行すると通報した。行政執行官がいない状態では公務執行妨害が成立することはなく、その上今日からテチュリ小学校を含む地域に集会許可を得ている状態であるので不法ではないと主張する人権活動家の話も聞かず、一方的に解散警告放送を行なった警察たちは3回の警告放送をした後行政執行を始めた。

▲警察たちは力づくで人権活動家たちを一人、また一人と順番に連行して行った

女性たちを連行するために女性警察官もいたが、思い通りにならないと見ると女性ではない男性警察たちが女性を連行すると不法行為もためらわなかった。 腕組をして最後まで強制連行に抗議をする意志を明らかにしたが、動員された警察の暴力は無慈悲だった。その中でタサン人権センターのパク・ジンさんは小学校の正門前で腕を巻きつけて最後まで頑強な抵抗を見せ、警察たちは小学校正門を切断機を使って破り強制連行しようとしたがパク・ジンさんの粘り強い抵抗で結局は第一陣で警察たちを追い返した。

いくらも経たないうちに警察たちは小学校の入口を通り過ぎ村の仲間で侵入を試みた。正門で頑強な抵抗にぶち当たり少し簡単な方法で去勢執行をするために小学校の裏側に警察を移動させた。警察たちが村の中に入ってくるなり住民たちと市民団体たちは即刻、反発の意志を示し、これ以上村に入ってこないようにピケを抱いてその場に座り抵抗した。

午後4時ごろ・・・警察たちが再びテチュ小学校正門に再配置された。幸い午前とは違い力ずくでの行為には及ばなかったが正門側の警察を戦闘警察に交代させ、小学校の裏から侵入するために人員を二つに分け村の至るところに投入させつなど住民たちに危険が迫った。

▲小学校の裏側から警察が突入すると言う消息を聞いて入口を塞ぐ住民たち

▲強制連行を防ごうと腕を組んで応戦する住民たち

この過程でスーツを着てポケットに手を入れてうろついていたピョンテク署の捜査課長が発見され、どうしてここに来たのかと言う問いに「見物に来た」と言う、呆れた答えに住民たちの怒りを買った。

▲突然、襲い掛かってきた警察に抗議する市民団体たち

▲農協倉庫前で警察を追い返す市民団体たち

午後6時ごろ・・・村の中に配置されていた警察たちがすべて米軍基地内に撤収した。村のあちこちに分かれて抗議していた人々も小学校運動場に集まって簡単な集約集会後、キャンドル行事が開かれた。緊張感の中で最後までテチュ小学校を守り抜こうと言う多くの人々に助けられた事を感謝しながら住民たちが夕食を準備したと言われた。このように温かい食事を分かち合った人々は7時キャンドル行事会場に再び集まった。

第552回目を迎えたキャンドル行事はみんなの力で成し遂げた今日の勝利の熱気に包まれた。ピョンテク闘争を必ず勝利へと導き出そうと言うムン・ジョンヒョン神父の呼びかけ文の朗読で始まり遅れての参加になったが、継続的にテチュリに残って闘争を共にすると言う同志たちの意志を結集する場が続きました。

▲小学校の正門を先頭にたって粘り強く守ったタサン人権センターのパク・ジンさん

明日、警察たちのテチュリ侵入が再び行なわれると言う。今日を持って本当の闘いが始まりました。

そして、この闘いに私たちは勝利を迎えます。力比べとなる闘いだが、勝利を導き出す人々の意思で必ずテチュリ、トドゥリを守り抜き最後に勝利するしかない闘争になると固く誓いました。テチュリ・トドゥリはハルモニ、ハラボジの土地。ペンソンの土地は田畑を掘り起こしてきた農民たちの土地だ。日が経つにつれより多くの人々の意思が集まってこの土地を必ず生命と平和の土地として守るだろう。

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2006年2月27日 (月)

三回目のビニールハウスコンサート

“三回目のビニールハウスコンサート”第543回キャンドル行事

午後3時頃、予め約束していた“みんなといっしょ”の子ども記者たちと指導先生たち20名が今日テチュリを訪問しました。米軍基地拡張予定地を歩いて周り、住民たちの話しを聞き、村も歩きました。

▲"みんなといっしょ"の子どもたち

今日はビニールハウスコンサートがある土曜日でした。キャンドル行事の一時間前から歌声が聞こえてくると思ったら、今日のコンサートの出演するノレペ“ウリナラ”が練習をしていました。

▲ロウソクが灯りキャンドル行事が始まった・・・

7時・・・キャンドルが灯り始まった543回目のキャンドル行事土曜日ごとに無料相談所を開いているソン・サンギョ弁護士とメヒャンニ爆撃場の平和の為に尽力しているチョン・マンギュ委員長、“みんなといっしょ”の子ども記者たちの公演、ハンシン大の学生、テグ大シン・ムンサさんたち学生の紹介が行なわれ、ビニールハウスコンサートが始まりました。

▲”みんなといっしょ”の子どもたちの公演とそれを楽しむ住民たち

住民たちの気持ちを込めた歌、平和を願う気持ちを込めた歌など・・・一生懸命に準備した歌の公演を楽しむ住民たちも一緒に手を叩きほのぼのとした雰囲気に包まれた。

▲コンサートの主人公ノレペ”ウリナラ”  ”いいぞ~”の掛け声

たくさん、たくさん、育て~^^/

昨日、今年の農業発起式を始め住民たちは農業の準備に忙しかった。

6時半・・・明け方前から冬に植えておいた麦に肥料をやる準備の真っ最中だ。日が昇り始めた頃にアサヒに照らし出されたファンセウルが地味ではあるが平和そのものの姿だ。

▲日が昇る前から作業は始まった、日の出を迎えるファンセウル野原

冬の間にすっかり育った麦の芽の間をトラクターであちこち肥料をまいた。肥料をやり終えた後、自転車に乗ってこっそりやって来たイ・ミンガンおじいさんがジュースの差し入れをしてくれた。

▲白い肥料をまいた・・・よーく育て~

“みんなで肥料をまきます” 今日、テチュリ1班のホン・ミニさんの家でも肥料やりの作業を、カン・クォンソクさんの家でも唐辛子の苗の作業を朝から行なっていました。田んぼに出たいと言うトラクターの願い、この土地で農業をしたいと言うペンソン住民たちの願いはこのように一つ二つと現実のものとなるように信じている!

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2006年2月18日 (土)

共に米軍基地を阻止しよう!

共に米軍基地を阻止しよう!2・12第三回平和大行進

朝からテチュ小学校の運動場は慌しかった。

舞台の背景画を描き、厄除け儀式のお膳も準備して、テチュ小学校の入口には農民である住民が作ったもち米の販売、写真家ノ・スンテクさんの作品が詰まったカレンダー販売、温かいお茶が飲めるチキミ(*)の家での喫茶コーナーなど・・・お客さんを迎えるために浮かれ気分で住民たちが村の入口に陣取った。

米軍基地の敷地内に集められている戦闘警察の車両に目をやり心のわだかまりを感じながら、もまもなく平和大行進に参加するための車が入ってきて車から出てきたお客さんたちを嬉しい気分で出迎えました。

今日の一番人気は「凧揚げ」

凧の販売を始めると集まった人たちで凧を販売する学生たちが忙しくなった。風が吹かなければどうしようと心配していましたが、幸いにも凧は風にのり米軍基地の鉄条網を越えてあちこち飛び回りました。

米軍基地を阻止するための厄除けの儀式が始まり、メインイベントが始まった。ペンソン住民たちは自分たちが使っている農具を一つずつ持ってきて願いを書いた色とりどりの紙を吊るし、厄除けのお膳の横で神妙にお辞儀をした。

今日のために二ヶ月間練習したペンソン地方の文芸隊の会員たちが準備した“ナンタ”とパフォーマンス、劇公演も始まった。ここペンソン住民たちの証言を基にした台本で作られて公演内容に住民たちの目頭が熱くなった。

キム・ジテ委員長の宣言文朗読を終え、平和大行進の隊列はファンセウル野原(基地拡張予定地)へ向かった。先頭にプンムル隊の調子の良いリズムに手に握りしためた“米軍基地拡張反対”“強制土地収用、決死反対”の黄色い旗が踊っているようだった。

昨日、夕方から“ポリスライン”は生命線と言う垂れ幕をかけていた警察たちはファンセウルへ向かう道に“ポリスライン”を設置して警察たちが配置された。しかし、ファンセウルのあちこちそして、米軍基地の敷地内に武装した戦闘警察たちが集められていた。

ファンセウルのまん中で願いを込めたタルチプ(*)はパチパチとよく燃えた。ぬかるんだ足元だったので靴も服も泥だらけになりましたが、みんな一緒に手を繋ぎカンガンスウレ(*)も踊り、この地を必ず守ろうと言う人々の願いは一つでした。日暮れになりテチュ小学校に戻る人々の手には缶が一つずつ持っていました。子ども・大人に関係なく好奇心いっぱいの目で缶に火をつけてチィブルノリ(*)が続きました。

本当に平和大行進なのか確認し、平和デモを定着させようと言う気持ちで暴力デモがあるのではないかと監視しにきた戦闘警察の親たちと警察予備役たちが来たと言う話を聞いていましたが、実際にテチュ小学校に戻る道で“戦闘警察の親の集い”と言うタスキをかけた人たちの姿が目に付きました。

米軍基地内の戦闘警察車両の隊列は終りが見えない・・・

タルチプに込められた願い

私たちの願いと共によーく燃えろ!

平和デモを定着させるためにやってきた戦闘警察の親たち

関連記事

http://www.tongilnews.com/article.asp?mainflag=Y&menuid=101000&articleid=63001

http://www.voiceofpeople.org/new/news_view.html?serial=37448

チキミ・・・守り神の意

この間ピョンテクの土地を離れていく住民がいる中で①ピョンテク地を守るためにピョンテクに移住してピョンテク住民たちと共に活動する人々や②活動を支えるためにカンパをした人々や③共に活動してくれた人々たちの事。

チィブル・・・農家でねずみを追い払うと言う意味で田畑のあぜ道を野草に放つ火

タルチプ・・・15の月見の時に火をつけて明るくするための積上げた薪の山

カンガンスウ・・・陰暦の8月15日,月の明るい夜に村の娘と婦人達が焚き火のまわりに円を描きながら唄い踊る珍島地方固有の民俗ノリ(遊び)である.

【戦闘警察たちの親】

この間、韓国では多くのデモが繰り広げられてきた。その中で戦闘警察とデモ参加者の衝突も少なくない。そんな中で最近、戦闘警察の親たちが暴力を振るうデモ隊に対して“自分たちの息子を殴らないで”と言うデモを開いた事がある。

*戦闘警察の中には自身が望まなくとも、徴兵の期間戦闘警察に配置される者もいる。また、米軍基地の周囲の護衛にあたる警察もこの徴兵中の者がいると言う。

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後先になりましたが、2月12日に行なわれた平和大行進の様子のメールを翻訳。

当日の様子はマイフォトにもUPしています。

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2006年2月11日 (土)

“私たちは今日から大韓民国の国民である事を放棄する・・・”

午前11時ピョンテク市庁前でテチュリ・トドゥリ2里・ソンファ2里・シンデリなどペンソン地域の住民たちの住民登録証返却記者会見を持った。

私たちは大韓民国の住民であることを放棄するしかない理由・・・市庁の出入り口から廊下、2階の出入り口まで固く閉ざし、ピョンテク住民の同意していない米軍基地拡張が合理的なのか?と問う声に一言の返答もないピョンテク市の態度は参加者たちの怒りを買うのに充分だった。

住民証返却要求は二度にわたり行なったが結局、市庁職員なのか、警察なのか、身分も明らかにしない者によって黙殺された。参加者住民たちは抗議の意思を示し住民証を燃やした後、強制収用が執行された場合米軍基地拡張を反対するためにさらに強力な闘争をすることを宣布した。

住民証返却要求を拒否され記者会見参加住民たちは

抗議の意思を示し住民証を燃やした

《記者会見声明文》

私たちは今日から大韓民国の国民を放棄する

私たちはこれまでの歳月、日本基地と米軍基地によって強制的に追い出され60年あまり米軍によって有り余るほどの被害を受けて生きてきた。しかし、私たちはこれが愛国の道であると思い、この間様々な要求もしなかった。むしろ国家に支払う税金をこまめに支払い国家の意志に誠実に履行しながら大韓民国の国民としての役割を果たしてきました。しかし、私たちにやってきたのはまたしても故郷を離れろと言う政府の一般的な通報だけった。私たちが去る4年間、各種の方法を通じて私たちの願いは慣れ親しんだ自分の故郷で隣人たちと仲良く暮らすことだと訴えてきましたが、政府は私たちの意見を黙殺してしまったのだ。

国民の意見を無視して米軍が言うとおりにしろと言う政府がどうして政府と認めることが出来るのか!自国の国民のために国民の意思に従って政治を行なうことが政府の根本だ。

ところが、大韓民国の政府は自国の国民たちの家と土地を奪い米軍に貢物として捧げようと考えている、それも韓半島に戦争を呼び込む戦争基地を作るためのものだ。

ここに私たちは、私たちが大韓民国国民である事を証明する住民沓力称を国家に返却しながら、これ以上大韓民国の国民ではない事を宣言する。

私たちは私たちの土地と故郷を必ず守るだろう

私たちが暮らしている故郷は60年前、米軍基地に強制的に奪われた。そして再び日本軍に血と汗の結晶であるこの土地を奪われた、この土地は私たちの命だ。また、私たちの野原は命をかけて干潟を阻み、今では全国きっての沃土になった。それなのにどうして私たちが故郷を離れる事が出来るのか。

政府は今年から私たちに農業をさせないと通報してきた。とんでもない話した。政府が強制に略奪していこうともペンソン285万坪中、ただの一坪も渡す事は出来ない。私たちは今年もその場所で種をまき農作業をするだろう。政府がいくら邪魔をして私たちを弾圧してもかまわない。私たちは何があろうとも私たちの土地で農業を行なう。

大韓民国政府はこれ以上私たちのことに干渉するな!

今後すべてのことは私たちが決定して私たちが行なう。私たちが作った野原と私たちが作った故郷は私たちのものだ。従ってただの一坪も略奪してはいけない。万一、破った時は私たちは手段と方法を選ばず対応する。ここで生じたすべての不祥事は大韓民国政府が責任をトラねければならないと警告する。

2006年2月7日

この土地で平和に永遠に暮らすことを望みながら

大韓民国国民であることを放棄したペンソン住民一同

二度も返却を拒否された住民登録証

強制収用が執行された場合強力な闘争で対応すると決議

2/7にペンソンより届いたメールの翻訳です

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2006年2月 9日 (木)

大秋小学校がお化粧直ししました~♥

大秋小学校が綺麗になりました~♥

笑顔がつまった第423回キャンドル行事

スウォンとソンナム地域にある美術協会の画家たち30余名が朝早くから大秋里を訪ねてきました。大秋小学校の正門にペンソンの住民たちの姿を描くためです。

いっぱい準備してきた美術道具を広げておいて、水分の多い土の上に椅子を準備して登り、住民たちの写真を見ながら筆を走らせる姿を見物する人も多かったです。

正門には似顔絵を描き、壁画を描き、所々に立っている銅像も色々可愛く色を塗りました。作業は日が暮れる頃までしなければ終わりませんでした。

正門ごとに描かれた自分の顔を見るために住民たちも早めにキャンドル行事に足を運びました。

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住民たちの似顔絵  小学校の壁画

第523回キャンドル行事スウォン民芸総文芸チーム長であるイ・ソンホ団長の味わいのあるピナリとエンメギタリョンでキャンドル行事の場が笑顔・拍手・熱気に包まれました。あちらこちらで“いいぞ~”の掛け声が飛び交いました。

【豆知識】

住民たちが行なっているのは”キャンドルデモ”ではなく”キャンドル行事その理由は?

デモだと警察がやってくるから・・・だそうです*^^*

これまではピョンテクの消息メールを抱え込んでいましたが、これからは少しづつ紹介していきます。

それにしても厳しい状況のなかでも多種多様な活動を繰り広げる韓国の活動スタイルに頭が下がるばかり・・・

*もっと、写真をアップしたいのだけれど・・・

どうしても文字化けを起こしてしまうので別途マイフォトに写真はUPしていきます。

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