2007年4月 9日 (月)

閉鎖

テチュリよ、永遠に!

今日、テチュリ・トドゥリ村が閉鎖された・・・

さっき、対策本部のHPで読んで知ったところ。

書き忘れていた、最後のロウソク集会の夜に出会った大学生の話を・・・

チキミの後輩である大学生たちと出会った。

この学生たちは、今はこうやって住民たちと闘っているが

本当は農業がやりたくてテチュリに来た、と言うのが正しいようだ。

もともと大学内に農家を目指す学生のために、数年後とに地域を定めて

学生を派遣し、学生は農業の経験を積むというシステムになっているらしく・・・

彼らももともとは農業の経験を積むためにやって来たというのだ。

しかし、テチュリでは農業が出来なくなってしまったため

運動に参加するかたちでテチュリに通っていると言う。

そういえば、以前の平和大行進の時にも住民たちは「平和的」に行なうように

しているが、外部から『闘争』しにやってきたひとほど派手な行動をすると

聞いたことがある。

この土地の住民、チキミそして、このようにこのテチュリを愛する気持ちを持った人たち

の気持ちはどうしてこうも踏みにじられてしまうのが・・・

純粋に「農業」を営むことがどうして、出来ないのでしょう?

このような気持ちを持っていた人たちが闘っていたという事を忘れてはならないと思う。

また、対策委のHPによると・・・

これまで住民たちと共に闘ってきた「チキミ」たちは今日から14日までの

予定でテチュリからチョンアデまで行進する予定らしい。

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2007年3月26日 (月)

最後のロウソク集会

先週の土曜日はテチュリで開かれた

最後のロウソク集会でした。

昼過ぎにピョンテクに到着し、早速老人館でお昼をご馳走になりました。

二週間前に来た時は時間が無かったので村を見て回ることが出来なかったのですが、

夕方まで時間があったので改めてテチュリを散策しました。

歩き回ると可愛い壁画と共に押しつぶされた家々が目に留まりました。

テチュリがなくなると家々に描かれた絵や詩までもなくなってしまうと思っていたら

その作品を収めた本が出版されることになり、ロウソク集会に先立ち

出帆式が持たれました。

夕食を挟んで、いよいよ最後のロウソク集会です。

様々な団体が歌の準備をして舞台に花を添え

この間、この運動を支えてきたハルモニたちにカーネーションの贈呈

そして、テチュリを再び取り戻した時に掘り出す「タイムカプセル」

が準備されました。大きな壷にみんなが思い思いに品物を入れていきました。

最後ということで楽しい雰囲気を作り出そうとするものの・・・

悲しくて涙を堪えられない住民たちの姿が印象的でした。

反面、その姿を執拗にカメラに収めようとするマスコミに腹がたちました。

ピョンテクの闘いはこれで終りではありません!!

しかし、マスコミはこれでピョンテクの闘いが終わり、

後は住民たちが引越しする姿だけを収めたいがために

住民たちにしつこく引越しの日取りを聞いていました。

ピョントンサの友人は

「これでピョンテクの問題が終ったとマスコミが伝える事が悔しい!

ピョンテクの問題はこれからが新たな闘いの局面を迎える。

この事を広く伝えたいのに、自分たちに力がないために

多くの人に伝えられないでいる」を肩を落としていた。。。

この場を使って少しの人にでも知ってもらいたいです。

これで、終ったわけではありません!!

これからもピョンテクの米軍基地移転問題に

継続して関心を注いでください!

*写真を撮ってきましたが、まだアップ出来ません。。。

しばらくお待ちくださいね。

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2007年3月10日 (土)

行ってきました!ピョンテクへ!!

約2年ぶりにピョンテクに行って来ました!

今回は友人の取材に同行する形で行って来ました。

2年ぶりのピョンテクは家々に様ざまな絵が施されて可愛い村になっていました・・・

しかし、その周辺には破壊された学校の瓦礫や朽ち果てた家なども無数にあり

とっても複雑な気分でした。

今回は新しく里長さんになられたシン・ジョンウォン里長さんへの取材でした。

この日、里長さんはどてもバタバタしていて・・・取材できるのか心配でした。

しかし、インタビューを始めてみると。。。

先日、住民と政府間で移転問題について合意がなされたと報道されましたが

最終移転先ではなく、移転団地が建設されるまで身を寄せる家へ移ると言う

合意をした日で、そのために里長さんは大忙しでした。

その日に合意されたので、もちろん住民のなかには知らない人もいて、

道を歩いていて、出会う住民のひとたち一人一人に声をかけていました。

里長さんの家で夕食をご馳走になっていると、住民の方が相談にやってきました。

こんな風に住民の方が訪ねてくるのは珍しいことではないようでした。

日本で報道されている内容は少し誤解があるようです。

先月、政府間との合意事項で3月31日までに移転することが合意されたと

見ることが出来る記事でしたが、それは間違いで。

「政府と交渉する項目が決まった」と言う合意内容です。

今後は8月末をめどに内容について協議が始まります。

ですから、3月末でテチュリの村が完全に無くなってしまう訳ではありません。

話を聞く限りでは、これまでよりも今後の生活の方が農地を奪われう事により

さらに困難な状況を強いられることになるようです。

実際、里長さんもこの動きについて自分自身の家をどうするのか?

農地をどうやって手に入れるか?については全く動けていない状態だそうです。

でも、二人の無邪気な子どもさんの笑顔がそんな疲れを

少し癒しているんだな感じることが出来ました。

ピョンテクの問題は合意されたから「終わり」ではなく

これからが新たな闘いの「始まり」になりそうです。

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2006年3月19日 (日)

ファンセウル野原

今、”ファンセウル”では何事が・・・?

                  (強制収用が予定されている土地)

▲ まさに田を耕す時期になり田を耕さなければならないのに野原へパワーショベルを盾に警察が入り込んできました。

田を耕す作業を妨害するために国防部が兵力を盾に村にやって来て破戒している現場です。

驚いて駆けつけた住民たちとピョンテクチキミたちは巨大なパワーショベルに体ひとつで阻止しました。

▲ ついに来るべき日がやってきたな 考えてはいたけれど・・・誰がこの心情を分かるのか?素手で対峙したパワーショベルの前で虚脱と怒りで涙も出ないです。

▲ 大きなパワーショベルに対峙して無防備な姿で闘う住民たちとチキミたちは結局、野蛮的な破戒を中止させました。そして、立ち止まったパワーショベルに堂々と立ちました。

▲ 警察はパワーショベルを停止させた若者たちへの暴力的連行が始まりました。

▲ パワーショベルの上にいたチキミを引っ張って踏みつけている姿です。この日、連行されたチキミは全部で40名にものぼります。

▲ 住民たちは国防部が掘って行った穴の中に体を投げ出して抗議をしました。身を切るような風の冷たさも住民たちの意志を曲げる事は出来ませんでした。

▲ 連行者の中には歌手のチョン・テチュンさんを始めとし、作家・芸術人も含まれていました。

▲ 泥を投げたりもしましたがお母さんたちの怒りは収まりませんでした。警察は力のない住民たちにも暴力を振るいました。

▲ この経過で住民たち4名が負傷しました。失神した住民を女性警察たちが持ち上げようとしています。

▲ 倒れた住民が緊急病院へ搬送されています。

今まさにファンセウルへ駆けつけてチキミになって下さい!

国民の皆さんの力が切実に必要な時です

▲ 住民たちをなぎ倒しチキミたちを連行した後にも国防部の暴力が収まることはありません。

農民にとって田を耕す事が農業をする一年のうちで最も大切な仕事の一つです。

国防部はファンセウルでの農業が不法だとしながら、実際には自分たちは不法を欲しいままにしました。

▲ トラクターが田を耕すための道はすべてこのように破壊されてしまいました。

▲ パワーショベルの残忍な爪あとが鮮明です。

▲土を掘り起こすだけでは物足りず、国防部はこのように舗装された道路と農路をすべてぶち壊しました。

▲ 凄まじいパワーショベルが通った道に終りが見えません。

ここでは住民たちが国防部の動員した警察暴力を阻止出来なかった彭城の野原の姿です。住民たちが50年間、海水をせき止めながら沃土に変えてきた。今、国防部が米軍に捧げます。

国民のみなさん!国防部の野蛮な行動を黙って見過ごすのですか?

▲ 国防部の暴力にも関わらず15日からファンセウルには全国からトラクターを持ち込んで農民たちが田を耕し始めました。

▲ 17日まで60万坪の田を耕し終えました。

▲ ファンセウル・ヨンノンダン前には苗代を含んだ土が待っていました。田を耕し終えればすぐに苗代の出番だ

▲ 政府と国防部の弾圧にも屈することなく住民たちは力強く田を耕しました。

勿論、全国の多くの国民たちの助けがあったからこそ可能になったことです。

今後、どのような困難と試練が再びファンセウルに忍び寄るかは誰にも分かりません。

しかし、明らかな事は住民とチキミたちは命まで差し出す心情でこの地を守っているには事実です。

“粘り強い奴が勝利する”住民たちがいつも口にする言葉です。

私たちみんなは信じています。我が国民の関心が集まる時、ピョンテク闘争が勝利するはずだと言う事を・・・

▲ 名前も美しいファンセウル、50年前には海だったこの場所は米軍基地拡張によってある日突然、追い出された住民たちが素手で海を埋めて土地に変えました。そこで、春になれば白いシラサギも舞い降りて多くの生命が暮らす巨大な沃土になったんです。

▲ 農繁期になり、手がかかる仕事が苗床を運ぶ仕事です。ピョントンサの会員たちがファンセウル野原に苗床を運ぶ姿です。種もみを含んだ苗床は田んぼに移され芽を出します。

▲ 暖かい太陽に照らされて芽を出した後

▲ 整然と田んぼに植えられました。生命の活力を感じる瞬間です。

▲ 熱い日差しが照りつける夏になれば野原が緑の絨毯を敷きつめたようになります。

▲ 秋になれば風に吹かれて案山子が踊りだしたりします。

▲ 冬が来る前、黄金色に実った稲たちは収穫され、また春を待ちます。

この場所がまさに米軍基地拡張のために国防部が住民から強制的に奪おうとする土地、ファンセウル野原です。尽きる事のない面積、この場所だけで285万坪、ピョンテク全地域で349万坪を米軍に与えると言うのです。この場所を守って彭城に暮らしてきた農民たちに一言の断りもなく・・・(写真:平和の願い)

▲ 国防部は去る15日、突然パワーショベルと警察を盾にして村に侵入しました。そして、農業をさせないように農道を掘り起こしました。(写真:統一ニュース)

生命と平和の地、ファンセウル・・・

純朴な住民たちが汗を流し自然に順応しながら暮らしてきたこの場所が国防部に一瞬にして破壊されてしまいました。今年は農業をさせないようにする為にです。

ファンセウルの美しい四季をもう一度、見て・・・この写真は去る15日、国防部が米軍基地拡張を強行に行うためにパワーショベルと警察を盾にして村に入ってきて田んぼの土と道をすべて破壊した野蛮な行為を告発するために作ったフォトエッセイです。なぜ、私たちがこの地を守らなければならないのか、小さな想いでも共感することが出来れば嬉しいです。共に憤怒し、共に悲しみ、最後には共に勝利して喜びを分かち合う事が願いです。私たちだけが知っているとても美しいファンセウルの四季を思い出ではなく現在・未来にも継続させる事を願います。必ず私たち国民の手で大切なこの土地を守りましょう!

平和と統一を開く人々のHPを翻訳しました。

http://www.spark946.org/bugsboard/index.php??dummy=1142582660&BBS=photo&action=viewForm&uid=203&page=1

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2006年3月18日 (土)

ピョンテクが・・・

ピョンテクでは国防部による強制収用執行阻止のために

多くの人々が闘っています!!

この間、紹介できませんでしたが・・・

15日の様子はリンクの”やんばるヤマトだより”で紹介されています。

またその様子は汎対策委のHPで映像としてみる事が出来ます。

http://antigizi.or.kr/zboard/view.php?id=news&page=1&sn1=&divpage=1&sn=off&ss=on&sc=on&select_arrange=headnum&desc=asc&no=124

また、少しずつ消息をお知らせします。

引き続き感心を持って下さい。

それにしても、国内の新聞(HPでの)報道があまりにも少なすぎる!

野球も大事かもしれんけど!!それにしてもおかしすぎる!!!

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