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2006年10月19日 (木)

「戦争と女性人権博物館」

共に作って下さい「戦争と女性人権博物館」

まずは一人がふんばると また新しい人が参加して力をつけ

その人々がふんばると また新しい人々が力を集めて・・・

そのようにして「戦争と女性人権博物館」建立計画を継続して推進して来ました。

これからは皆さんも共に力を合わせるときです。

「私じゃなくても他の人たちがするでしょう?」そんな風に思い、また他の人も同じように考えたとすれば 新しい変化を生み出すことは出来ないでしょう?

道も希望も作れないでしょう? 共に作って下さい。

                       挺対協活動家ユン・ミヒャン拝

挺対協では長い間、後世に残す博物館を建立しなければならないと思い、準備して来ました。そうして去る2004年12月に戦争と女性人権博物館建立委員会を発足させました。

日本軍「慰安婦」問題を通じて次世代に生きる歴史教育、平和と人権教育館を行うためです。勿論、日本軍「慰安婦」被害者が被った20万余名の女性の人権回復を願う意味で、

未だに反省する事も知らない日本政府を告発して、再びこのような犯罪が起こることがないようにするため平和の殿堂を活用するためです。

しかし去る2年間、事を進展させる事が出来ずにいましたがついにソウルの西大門刑務所の100m横に現在西大門独立公園の売店があった場所に「戦争と女性人権博物館」を立てても良いと言う許可を受けました。

大きな土地ではありませんが、しかしその小さな空間を通じて全国にアジアに世界各地へ日本軍「慰安婦」問題を訴え、その問題を解決するために活動してきた被害者たちと市民たちの運動を通じて平和な世の中が、明るい未来が広がっていくことを願います。

今まで民間募金も行い現在、総額3億ウォン余りの支援金が集まりました。

しかし、この金額は博物館の総建立費用の十分の一にもならないものでもっと多くの国民たちの参加が必要な状態です。

レンガ一つ1000ウォン参加者から10個分の10,000ウォン、100個分の100,000ウォン等国民たちの参加を通じて博物館のレンガをひとつずつ積上げられれば嬉しいです。

博物館建立に協力して下さる人は誰でも博物館内の寄付者の壁に名前を共に刻み私たちの歴史と共に後世に残るでしょう。

そして・・・

大々的に国民広報事業と募金事業、博物館新築計画案発表を下記のように準備しました。

ご多忙とは存じますが多くの方々の参加され力を合わせていただきますようお願い致します。

戦争と女性人権博物館敷地及び、新築計画案発表会

-日時:2006年10月19日(木)午後1時~2時30分

-場所:国家人権委員会11階 学び場2(ソウル市庁横)

ご参加して、力をお貸しください。また建立費用準備のため知人の方々にも参与・宣伝をして頂ければ大変有りがたいです。

博物館費用募金口座:国民銀行 011201-04-008524 

名義:挺身隊問題対策協議会

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2006年10月11日 (水)

【挺対協】週間消息32

韓国挺身隊問題協議会(挺対協)の週間消息を翻訳

挺対協事務所2006年週間消息32【9月11日~9月17日】

                     報告:ユン・ミヒャン事務総長

9月11日(月)

① 昨日の日曜日、水原ペウォンカムニ教会の奥様が孫娘さんのチ・メラさんの名前でハルモニたちの健康を祈願して後援金を送ってくださいました。取り合った手のひらで奥様の愛情が伝わってきました。

② ウリチプにはユン・ヨンシク先生がハルモニたちの具合が悪いと言う事を聞いて治療訪問をして下さいました。

③ ファン・グムジュハルモニの内視鏡検査の結果がまだ出ません。ソウル現代アサン病院で入院しているファン・グムジュハルモニと電話をしました。付き添いの方からハルモニに電話を変わってもらいましたが、もうハルモニは声にも以前と同じように力強いです。まだ内視鏡検査をした結果が出ていませんが、お医者さんの治療が長くかからないと言うのを聞くと大きな病気ではないようです。

④ 10月26日~20日沖縄平和紀行チームの募集を締め切り、飛行機の予約をしました。今回の参加者の中では戦争と女性人権博物館の建立と関連してキム・ヨンミ、イ・ミョンジュ、キム・フィオク共同建立推進委員長を含めて、建築・設計と関連した仕事に参加する方々も沢山参加されるようになりました。

⑤ 事務所で落ち着いて座って事業計画を立てたいけれど、思うようになりません。来年のグローバルキャンペーンについての事業計画を立て来年もプロジェクトを準備しなければならないのに、朝から考えているのに手をつけられませんでした。

⑥ ホームページを通じて女子勤労挺身隊問題の解決を促す署名運動をしていますが、現在やっと2000名を超えました。11月まで行わなければならないのにとても不調で毎日メールを送っています。

9月12日(火)

① ホームページを通じて挺隊協運動に参加して後援して下さるある会員がメールで連絡を下さいました。自分が使っていたパソコンだが性能はまた良いものでモニターとハードを贈呈したいが受け取って貰えるかと言うものでした。とても有難く受け取りたいと返事しました。

② “歴史と戦争そして女性”と言うテーマで9月28日に行う国際シンポジウムの招待状の発送作業をしています。プログラムは次のとおり確定しました。

日時:2006年9月28日(木)午後2時~6時

場所:国家人権委員会の学び場

テーマ:女性史の中で、特に戦争・紛争が起こる時代的背景とその時代的背景とひき離す事が出来ない葛藤状況など、その中で女性たちの人生をどのように捉え、またどのように記録し、どのように解決するのか?

挺隊協の内部的には日本軍「慰安婦」問題を世界史の中で戦争と女性問題と共に扱うものとして他の論点と繋げる作業を行う

プログラム日程

司会:チョン・ヂンソン教授〔ソウル大社会学科教授「戦争と女性人権博物館」建立委員会コンテンツ委員長〕

1) テーマ発表:歴史と戦争、そして女性-クォン・インスク〔ミョンチ大教授〕

2) 各国の事例発表第二次世界大戦時、日本軍部によって女性人権蹂躙〔パク・ジョンエ強制動員真相究明委員専門委員〕イスラエル紛争と女性人権〔チョ・フィソンミョンチ大アラブ地域学科教授〕沖縄の米軍基地と女性人権〔宜野座栄子/沖縄平和会〕ミャンマー軍部による女性の性暴力(Nang Lao Liang Won - Shan Women's Action Network(SWAN) ベトナム〔抗米戦争〕と女性の性暴力

3) 3部 質疑応答と討論:戦時中の女性暴力問題を解決できる法案の模索-テーマ発表及び各国事例を通じた解決法案提示と討論会内容提示

③ 国際シンポジウム通訳の問題が残っています。日本語の通訳は大丈夫ですが、英語の通訳をしてくれる方が見つかりません。あちこち連絡をしていますが、少し難しいようです。

④ 在日同胞女性たちから成る“ウリヨソンキョレ展”が9月26日~28日までソウルの安国洞で展示会を行いながら挺隊協に宿所と日程の援助を要請してきましたが、宿所を決定するのが簡単ではありません。ソウル市全域に連絡をしましたが大部分、予約で埋まっていました。ついに百周年記念館で予約出来ました。

9月13日(水)

① 午前9時30分、カンナム中学の学生たちで挺隊協の教育館はいっぱいになりました。学生たちが教師たちと訪問教育に来てビデオを見て、運動について教育を受け、そして韓国政府と日本政府、ハルモニたちに手紙を書きました。教育活動が終わった後には水曜デモに一緒に参加し、手紙を朗読してハルモニたちと連帯しました。

② 午後に国会を訪問しました。博物館建立予算を確保する問題で政府予算を得る方法を探しています。まず、可能な経路を探すためにイ・キョンスク議員に会いミン・ビョンドゥ議員室、クォン・ヨンギル議員室を訪ねました。イ・ミギョン議員は事務所に留守にしており電話をしてメッセージを残しました。

③ 夕方にハンウル出版社を通じて発刊した「女性の視点から見る韓日近現代史」の本の販売戦略を立てています。一学期は終わり、二学期に各大学の女性学と歴史学科などに教材や副教材として使用出来るよう企画書を準備しています。

④ 博物館事業計画書を新しく作ってみました。設計図面などはイ・ミョンジュ、キム・フィオク共同建立推進委員長のお二人と論議して進めています。これを基に企業寄付と高額・小額寄付者たちのためのパンフレットを作ります。

⑤ 去る4月にエバンス民主党下院議員などがアメリカの下院国際関係委員会に提出した日本軍「慰安婦」問題決議案が上程されたという知らせが来ました。本当に希望的な事です。

⑥ 第726回水曜デモは挺隊協の主管で、カンナム中学校の学生たちが積極的に参与できる方法で行いました。今日も変わりなく韓国女子修道会 連合会に所属するシスターたちが参加し、日本から大学生と女性団体会員たちが参加しました。約80数名が参加しました。

⑦ イ・ヨンスハルモニは別途、外交通商部前で毎週水曜日午前11時30分~12まで韓国政府の積極的外交と日本軍「慰安婦」問題解決を促す一人デモをしていました。

⑧ 水曜デモが終わりファン・グムジュハルモニの看護をしているイ・フィジャ太平洋被害者補償推進協議会代表と会い、今後ハルモニの退院後に関して論議しようと思いました。ところが、すでにナヌムの家と論議していてファン・グムジュハルモニがナヌムの家に行くと決めたようです。勿論、ハルモニのアパートの処分はしないでそのまま動くようです。

ファンハルモニはウリチプで完全に馴染めずハルモニの家とウリチプを行き来し苦労をされ、また事務所もそんなハルモニを心配し朝夕にご機嫌を伺いするなど私たちの大きな心配事になっていましたが、ハルモニがナヌムの家で健康で暮らせれば嬉しいです。事務所に戻りハルモニの病室から電話があり、ハルモニがナヌムの家で体を回復させて下さい、これで私も安心しましたと話しました。ファン・グムジュハルモニは初期から太平洋遺族会の会員として活動をされてきたために遺族会と水曜デモと挺隊協が積極的な関係を結ぶようになった頃に出会いました。

ユン・ミヒャン事務総長と関係を本格的に持ったことは再び挺隊協に入った2002年からでしたが、ウリチプを作らなければならないと決めたのはファン・グムジュハルモニの為でした。この日、水曜デモが終わりアパートに行きましたが、ハルモニの家が何処なのか分からないと言う声を聞いて大変だと思い、また他の数名のハルモニたちの要求もありウリチプ事業を推進しました。ところが、一所にいられずアパートとウリチプを行き来していました。これからナヌムの家では行き来でずに健康で安全な生活が出来ることを祈ります。

9月14日(木)

① 早朝から記者たちに起こされました。6時から携帯のベルが鳴り出しました。アメリカ下院国際関係委員会で上程された日本軍「慰安婦」問題決議案が満場一致で可決されたという知らせでした。この決議案には日本軍「慰安婦」問題は20世紀最大の人身売買犯罪であり、日本政府の主導と委任の下にアジア太平洋地域の女性たちを性奴隷化に至ったと記録され、日本政府に国連人権委員会女性暴力問題特別報告官の勧告と国際赦免委員会の勧告を履行することを促しました。電話は通勤中も続き、危なかったですがハン・グギョム共同代表と連絡を取り午前11時に緊急記者会見をする事を決定しました。

この決定をしたのは8時過ぎの事でした。緊急にカン・ヂュヘ局長にこのような状況を携帯で知らせ、ウリチプのハルモニたちに連絡し、あちこちに電話をかけました。事務所に到着しだい、記者会見文を作成し、カン・ヂュヘ局長は方々資料を作成してマスコミへ送り、メールを送りました。

② 午前11時、日本大使館前で記者会見を持ちました。KBS、MBC、YTVが取材し、新聞記者たちも集まりました。記者会見を通じて挺隊協は今後、アメリカ下院の決議案採択を歓迎し、日本政府に決議案の受容を促しました。

③ 午後4時エイテック所長であるキム・フィオク博物館共同建立推進委員長と共にソウル市南山公園管理事業所を訪問しました。所長と会い博物館建立事業の推進過程を報告し、今後の推進日程と私たちが行わなければならない事柄について論議しました。

④ パク・ウォンスン弁護士と電話をかけ、博物館建立基金を準備と関連して企業の基部法案について論議しましたが長時間の電話は出来ませんでした。今後も多くの関心を持ってくださる事と信じています。

9月15日(金)

① 午前10時30分にヨンセ大の法学科ホン・ソンピル教授が教え子と共に事務所を訪問されました。日本に資料収集を兼ねて訪問を控え最近の国際活動の状況と訴訟などの進行状況について知りたいという事でした。ユン・ミヒャン事務総長と一時間半ほど情報交換の時間を持ちました。

② 午後4時に挺対協9月定期実行委員会がありました。シン・ヘス共同代表、ハン・グギョム共同代表共同代表、チェ・オクスン対外協力委員長、キム・ソンシル財政委員長、チョン・テホ生存者福祉委員長、ユン・ミヒャン事務総長、ハン・ウソップ教育委員長が参加して先月の挺対協の事業報告と財政報告を承認し、1博物館建築基金募金の法案2憲法訴願審判請求裁判準備3日本軍「慰安婦」被害者申告決定対応4挺対協下半期の運営費の財政準備法案などの案件について討論し協議しました。

③ 博物館共同建立推進委員団会議の日程を決定しました。

9月26日(火)午前8時、ケヤキカフェとし、場所を予約しました。

④ 挺対協消息誌41号の発刊業務を進めていますが、いつもより少し遅れています。8月末に発刊しなければならないのに、待っておられる会員たちに申し訳ないです。今日は消息誌の編集構成をしています。

⑤ 挺対協のホームページの管理をして下さっている“アドル”のチョ・ミンソン代表が今後、挺対協のHP管理を寄付として管理して下さると連絡を下さいました。挺対協活動に対して応援を受けました。本当に有難うございます。

9月16日(土)

① 午前9時30分、事務所で日本の活動家るシバ・ユウコさんなど4名の日本人女性活動家と会いました。シバさんは運動が始まった時から挺対協と共に連帯して来られ、数年前は台湾の日本軍「慰安婦」被害者たちの裁判を支援するなど台湾の被害者たちと連帯する活動をしていました。教育館の写真と資料と関連してカン・ヂュヘ局長の車を利用してソンナムのセソマン病院に入院しておられるソン・パニムハルモニのお見舞いに行きました。

ハルモニは運動初期ヘファ洞のナヌムの家で暮らしその時にシバさんと知り合いになりました。ハルモニはシバさんと分かると本当に喜びました。一時間ほどハルモニの手を握り、背中のマッサージを行い、手足もマッサージ行い健康を願う挨拶を分かち合いました。ハルモニはその間にも私ともとても久しぶりだと言われ、日本人女性たちの挨拶に「ありがとう」と言う日本語で感謝の気持ちを表しました。ハルモニはとても痩せ、座っているだけでも脊髄が下がってくるので座る事も出来ず、ずっとベットの上で横たわっています。ずい分前に子宮ガンのために手術をされ、長期間の放射線治療を受けてこられました。ハルモニの過酷な人生が本当に切ないです。

② 日本人女性活動家と共にウリチプを訪問しました。ウリチプにはイ・ヨンスハルモニ、キル・ウォノクハルモニ、イ・スンドクハルモニがいらっしゃり、イ・ヨンスハルモニは私たちが来るというので台所にいって食事を作るのに忙しかったです。

ハルモニと共に昼食を準備し食事を共にとりました。おこわ飯と唐辛子の和え物、ワカメ汁、キムチ、水キムチ、エゴマがとても美味しかったです。二時間ほどハルモニたちとおしゃべりをし、ハルモニたちの歌と踊りを楽しみながら交流をしました。シバさんを通じてファン・グムジュハルモニがすでにナヌムの家にいると言う消息を聞きました。

③ 午後3時、事務所に実務者たちが集まりました。午後4時にヨルリン公園で第17回民族民主烈士犠牲者追悼祭が開かれましたが、今回始めて本行事に先立ち女性烈士犠牲者追悼際を行う事とし、日本軍「慰安婦」被害者たちのための追悼際を挺対協が引き受けました。70、80年代の女性労働者・農民・民主化活動家で犠牲となった烈士たちとハルモニたちの名前が並び横断幕にかかっていて、写真も共に展示しました。

15年にも及ぶ歳月を放棄することなく毎週水曜日に来られるハルモニたち、死を目前にしながらも日本政府に謝罪と法的賠償を要求する意志が揺るぐ事がなかったカン・ドッキョンハルモニ、真実に裏打ちされ自分が生きていると言うことを堂々と告白し日本政府の犯罪を告発されたキム・ハクスンハルモニは明らかに私たちに烈士として記憶されている。

キル・ウォノクハルモニとイ・ヨンスハルモニは統一の場でその他の先生たちと共に並び歴史の証言者として立ち上がっています。そして先に旅立たれた先生たちの意志を後輩女性と共に分かち合いました。事務所からユン・ミヒャン事務総長とカン・ヂュヘ局長、ソン・ヨンミ室長、イム・ジヨン監査が参加し、チョ・ジョンフンボランティアとその後輩二名が共に参加して苦労してくれました。

④ 博物館建立基金準備のための事業説明会を推進しています。日程は10月19日、12時~14時、プレジデントホテルと決め、ホテルの理事と電話で話しました。日程をとても急に決めたのに幸いにも予約することが出来ました。ホテル側と予算調整について論議を行い計画書を作り、直接訪問する事を約束しました。

⑤ 憲法裁判所の憲法訴願請求関連して外交通商部が憲法裁判所に提出した答弁書について対応を積極的にしなければならないと言う意見が出ました。法律顧問をして下さるチョ・シヒョン教授が外交通商部の答弁を検討していますが、週末を利用してこの間のILOで進められた過程を整理して送りました。

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2006年10月 1日 (日)

ふぅぅぅ~~

やっと、終わった!

先週は韓国語能力試験

そして、今しがた

挺対協のニュースレターの翻訳作業が・・・

今回の韓国語の能力試験は昨年とは変った形となった。

そのせいか、めちゃ難しくなっていた!!!

なんやねん、800字~900字の作文って!しかも配点は30点!!

合格させる気ないやろ~

おまけにサインペンでの記入なんて・・・

去年は間違う事なんてなかったのに、今回は二回も書き直して・・・

あー、時間が無情にも過ぎていく~

試験の為に色々、私なりに犠牲にして頑張って勉強したのに。

アカン。合格の可能性は限りなくゼロに等しいと思う(涙)

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そして、挺対協のニュースレターの翻訳作業。

試験の時期と締切りが少しかぶったので、心配したけど私は何とか締切りに

間に合わせる事が出来たが・・・

毎回、トラブルがあるんだなぁ~

どうしたら良いのだろう???

まぁ、そんなこんなで週間消息はお休みしていましたが

また、頑張りま~す*^^*

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