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2006年9月17日 (日)

【挺対協】週間消息31

韓国挺身隊問題協議会(挺対協)の週間消息を翻訳

挺対協事務所2006年週間消息31【9月4日~9月10日】

                     報告:ユン・ミヒャン事務総長

9月4日(月)

① 博物館敷地と関連してソウル市南山公園管理事務所から連絡が来ました。補完招致が出たので説明できる方の話を聞いて論議をしようと言うのです。

急いで博物館共同建立推進委員長であるイ・ミョンジュ教授に連絡をし、イ・ミョンジュ教授を通じてエイテック〔施工業者〕のキム・フィオク所長に連絡が取れてエイテックの職員と一緒に約束した時間の10分前である午後1時50分に南山にいったのに、そんな・・・担当者は席になく、他の女子社員が公文を一枚差し出してこれさえ見てもらえれば良いと言うのです。電話をして欲しいと伝えたのに電話をもらえなかったと言います。私が間違ったのではないのにエイテックの職員には本当に申し訳ありませんでした。

② 朝にチ・ガァンスンさんから電話がありました。ハルモニたちに差し上げるのに一日中職員と一緒に熱中しながらマガモを捕まえましたと。午後1時頃、チ・ウィジュン先生がトラックでマガモ50匹を下ろして下さいました。ウリチプの冷蔵庫と事務所の冷蔵庫はマガモでいっぱいになりました。ウリチプではハルモニたちに夕食の時にマガモのお粥作ってみんな一杯ずつ召し上がりました。

日持ちしないので事務所の冷蔵庫のマガモは退勤時に取り出して水原のアン・ジョムスンハルモニの家に配達しました。夜10時でも甥っ子は仕事のために家におらずハルモニは一人でいらっしゃいました。貴重なマガモをこんなにたくさん持ってきてくれて有難いとハルモニは車が見えなくなるまで手を振って立っていました。

③ ファン・グムジュハルモニは梨大モクドン病院へ再び入院されました。福祉館から福祉士が電話を 早く来て欲しいと言いますが・・・カン・ジュヘ局長もいないし、ウリチプにハルモニたちがいるので動くことが出来なくて、キム・ドンフィ局長は手術をして休暇中で、事務所を空けることがとても出来なくて福祉士にハルモニの入院などの手続きを任せました。

そして、太平洋被害者補償推進協議会のイ・フィジャ代表か電話で支援要請をしてきました。〔ハルモニは木曜日に現代アサン病院へ移り腸の炎症を治療するために大腸内視鏡を受け、治療中です。付添い人が24時間付いていますが、イ・フィジャ代表が苦労されたようです。〕

④ 9月28日午後2時~5時に「歴史と戦争、そして女性」と言うテーマで開催される国際シンポジウムの発表者を選定する問題が難航しています。あちこち中東地域の女性たちの人権問題を発表する方を探していますが、論文をあさってミョンジ大学アラブ地域学科のチョ・フィソン教授を見つけました。お願いすると気持ちよく引き受けてくださいました。これで日本軍、ミャンマー、ベトナム、イスラエル地域の女性人権蹂躙について学べるようになりました。

⑤ チョンポクのチョンウプのチン・ファスンハルモニから電話が掛かってきました。「おーい、ユン会長かい?」「ハルモニ、会長ではなくユン・ミヒャン事務総長ですよ。」「うん、ユン所長~」ハハ、ハルモニにはそれでユン・ミヒャン事務総長は所長と呼ばれます。ハルモニは足がとても痛いので身動きも出来ないと伝えてこられ、秋になれば必ずネジャン山の紅葉狩りにおいでと言われました。会いたいと・・・

9月5日(火)

① 慶南ウィリョンに住まれるクォン・スルソンハルモニが今日、亡くなりました。ハルモニは仏教の社会福祉施設に住んでいましたが、委員長が連絡を下さいました。これで230名中生存者は123名です。

② 憲法裁判所でハルモニたちが憲法訴願したことに関連して韓国政府外交通商部の返事が来ました。勿論、憲法訴願を棄却して欲しいと言う内容でした。チョ・シヒョン建国大教授、キム・チャンノク慶北大教授にメールで送り、文章を送り検討を要請しました。

③ チャン・ジョムドルハルモニは白内障の手術を受けられました。両方の目を受けましたが、直接電話を下さり「目の手術をしたので水曜デモに行けない」とおっしゃいました。

④ 水曜デモの準備をしている日帝強制動員市民連帯から声明書と式次第の草案を送ってきました。検討・修正してもう一度送ります。

⑤ 沖縄と平和紀行チームを募集していますが、航空予約が順調ではありません。大韓航空は沖縄行きが運営されていません。アシアナは運行していますが、一週間に3便あります。そのせいで座席を早く予約しなければならないのに・・・それで、早く平和紀行チームを集める仕事で忙しいです。

⑥ 日本軍「慰安婦」ハルモニと共に活動する会のオーストラリアの友人たちから連絡が来ました。オーストラリアの友人?!メールも送りました。来年3月8日、世界女性の日にオーストラリアの日本大使館前でデモをする計画を推進しているが、アドレイドに住むオランダ人被害者のヤンおばあさんからにメッセージを送ると、来年のデモに対してとても積極的だと言うことです。

⑦ 国際シンポジウム時の資料と一緒に見るビデオ資料があるか探していますが、容易く探せません。アムネスティーに問い合わせをすると英語版だけあるので知恵を絞っています。

9月6日(水)

① 今日、第725回水曜デモは日帝強制動員市民連帯で主管しました。執行委員長と事務局長、会員たちが一緒に行い変わりなくシスターたちも参加して下さいました。韓国労総金融もみんなと共に参加しました。日本人たち、中・高校生、市民たちも参加しました。

② 女子勤労挺身隊被害者たちが名古屋の高等裁判所に被害補償を要求した裁判をしています。この裁判を進めながら名古屋訴訟支援チームの要請によって裁判所・日本政府・三菱に正義実践を促す署名運動をホームページで行っているが、参与が低調でホームページ会員に加入している1500名に署名参与メールを発送しました。挺隊協は会員団体?市民団体にも送りました。

③ 水曜デモが終わりクォン・スルソンハルモニの葬儀に参加するためにカン・ジュヘ局長とソン・ヨンミ室長と共にチンジュの葬儀場に行きました。木曜日の出棺まで参加して来ました。

④ ウリチプにはイ・ヨンスハルモニがいらっしゃって歌の教室を取りやめませんでした。夕方にはアン・ソンミ監査がハルモニと共に過ごしました。

⑤ 憲法訴願と関連した今度の日程を論議する会議を持ちました。テグ市民の会のパク・ジョンフィ事務局長が参加して、民弁は参加出来ませんでした。

9月7日(木)

① 事務所会議を持ちました。国際シンポジウムと平和紀行、上半期水曜デモ主管団体参与状況、博物館建立関連と関連した行政手続きなどについて検討して論議しました。

② 大阪からウリキョレ女性展を準備している同胞女性たちが連絡を下さいました。9月28日~30日まで展示会の日程が確定し、仁寺洞のトンドク美術館で行うそうです。26日には20名の会員が挺対協事務所を訪問してウリチプも訪問したいと、27日には女性史展示館を訪問し、水曜デモに参加すると。挺対協も事務所次元で広報のために積極的支援をする事にしました。

③ 9月16日、民族民主女性烈士犠牲者追悼際が開かれます。日本軍「慰安婦」犠牲者の方々を挺対協が引き受けることにしました。これを準備するための会議が午後4時にありましたが。

9月8日(金)

① キム・ドンフィ局長が治療のため8月末から病気休暇をとっていますが未だにお見舞いにも行けなくて、今日は準備をしてお見舞いに行きました。今は病院を退院して家で療養中ですが、脊髄関連!?座る事も出来なくて立っているか横になっていなければならないとストレスが多いようでした。

② ファン・グムジュハルモニのお見舞いに行ってきました。現代アサン病院に行くとハルモニは大腸内視鏡を受けるための準備をしていて、付き添いのイ・フィジャ代表が相変わらず苦労していらっしゃいました。

③ キム・グムジャハルモニと現代アサン病院のロビーで会いました。薬を受け取りに来たようでナヌムの家の車を待っていらっしゃいました。先日、ナヌムの家を訪問した時より顔色が良くなっていて少し安心しました。

④ 博物館建立と関連してイ・ミョンジュ、キム・フィオク共同建立推進委員長と一緒にヤンジェ洞にあるキム・フィオク委員長の事務所エイテックで午後6時30分から会議を持ちました。美味しい夕食の接待も受け、3時間を越えて本当にたくさんの論議を行いました。今後、建立基金を準備する活動、コンテンツ構想、実施設計、着工など今後の推進日程をともに論議し、沖縄平和紀行についても意見を分かち合いました。お二人は設計と関連して論議することが多くて、ユン・ミヒャン事務総長が席を後にしてからもさらに長時間その場にいらっしゃいました。

9月6日(土)

①仁川のハン・オクソンハルモニをイム・ジヨン監査が会いに行って来ました。ハルモニは少し太られて、とても元気になられたようでした。

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2006年9月13日 (水)

平澤で!!!

平澤、空き家撤去始まる!

本日の早朝から平澤では空き家の撤去作業が始まったようです。

映像・写真などで見ると、現在の平澤の様子が少しは分かります。

http://www.voiceofpeople.org/new/2006091250843.html

しかし、なんと言うことでしょう。本当にこんな日が来てしまうなんて・・・

チキミ(村を守るための移住して闘っている人々)たちは屋上に

登って、撤去作業阻止を敢行したようです。ハルモニたちまで・・・

ブルドーザーで家屋が潰されている様子を見ると心が痛みます。

チキミたちのお陰で撤去を免れた家がある事は幸いですが

一方で今回の撤去作業予定の2/3の家屋は撤去されたようです。

日本にいる私にできる事・・・

青瓦台HPに抗議しました。

国防部は本人確認が必要なのか・・・断念しましたが。

皆さんも是非、抗議要請を!!

http://www.antigizi.or.kr/zboard/zboard.php?id=notice&no=629

*上記の平澤米軍基地拡張阻止汎国民対策委員会のHPから

1は青瓦台HP、2は国防部HPにリンクされています。

****************************

青瓦台HPに書き込んだ抗議文

저는 한국을 사랑합니다.

일본에서 태어나고 키운 재일삼세인 저는

우리나라를 그리운 마음으로 사랑하고 있습니다.

그래도 오늘의 평택 모습은 뭡니까?

저 땅이 우리나라이고 제가 사랑하고 있는 우리나라 모습입니까?

아닙니다.

그럴리가 없습니다.

제가 자신있게 사랑할 수 있는 우리나라를

빨리 돌려 주세요.어서,어서요!!!

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2006年9月10日 (日)

【挺対協】週間消息30-②

韓国挺身隊問題協議会(挺対協)の週間消息を翻訳

挺対協事務所2006年週間消息30-②【8月28日~9月1日】

8月28日(月)

① 日本軍「慰安婦」ハルモニと共にするトンヨン・コジェ市民の会のソン・ドジャ先生と久しぶりに電話で話しました。トンヨン・コジェのハルモニたちの消息を伝え聞きました。キム・ギアハルモニは最近足も少しずつ動くようになったようです。イ・ドゥスンハルモニは膀胱が相変わらず具合がわるく心配です。

② 葬儀サービス関連の会社である「ハヌル(空)文化院」にいらっしゃるキム・ドンウォン理事長が電話を下さいました。キム・ドンウォン理事長はハルモニたちの葬儀サービスをしてくださったスカイ天使社で仕事をされていますが、現在はハヌル文化院でもハルモニたちの葬儀サービスのすべてを支援してくださるとおっしゃいました。

一度、訪ねることにしてお礼を申し上げました。大部分に家族がなく挺対協が葬儀手続きを担当するハルモニたちの場合、霊柩車、寿衣などの費用も馬鹿にならないので本当に有りがたい事です。

③ 明日の早朝5時に釜山へ発つためにウリチプに挺対協実行委員であるチョン・テホ牧師(生存者福祉委員長)チェ・オクスンシスター(対外協力委員長)が来られハルモニたちと共に眠られました。チャン・ジョムドルハルモニも来られ、キム・ボクソンハルモニも来られました。太平洋被害者補償推進協議会のイ・フィジャ代表と会員たちはソウル駅の近くのサウナで休まれ、明け方西大門郵便局へ来る事になりました。

④ 釜山、会場前で記者会見も集会も出来ないようだという消息が釜山から伝わってきました。大統領が参加する行事であり、外国の首相も4名参加するために警察が周辺を統治して承認証を持たない人は立ち入ることが出来ないと言う事です。

仕方なくカン・ジュヘ局長を予め釜山へ向かわせ状況を把握することにしました。夜12時30分までカン・ジュヘ局長と釜山ILO総会に参加するために予めいらっしゃったユン・ヨンモ先生、カン・ジュンホ韓国労総国際局長、イ・チャングン民主労総国際部長と緊密に連絡を取り合いました。

⑤ のり巻き・飲物とおやつを買い、写真展とピケ、英語の横断幕を製作、報道資料と記者会見文を印刷して明日の明け方、釜山に向かう万端の準備を終えました。

8月29日(火)

① 明け方5時30分に西大門からバスが出発し、午前11時30分に釜山に到着しました。釜山のイ・オックムハルモニ、イ・マクタルハルモニも来られ、テグからイ・ヨンスハルモニも来られました。バスの中で釜山チームと連絡を取りながら論議の末に釜山会場まで記者会見と集会は取消して日本領事館前に場所を変えて行う事にしました。そして、ユン・ヨンモ先生に電話をしてハルモニたちと参加者たちにこのような状況について説明をお願いしました。

② 午後1時に日本領事館前に釜山市民団体たちと大学生たちがたくさん集まりました。いつもは釜山日本領事館前で集会をすることもないと思います。しかし、この日は領事館の正門前でハルモニたちが真正面に立ち、記者会見と集会を行いました。KBSとMBCのカメラがあり、数人の取材記者もいました。集会を終えた後、約40名の大学生の参加者たちとハルモニたちの交流会を持ちました。

③ これで終わらす事は出来ません。記者会見と集会が終わった後、ILO総会に参加しているユン・ヨンモ先生に再び電話をして周辺の警察を解除されればハルモニたちが総会会場に向かい、事務局の人々と会えるようにして欲しいと。このままソウルへ帰ることが出来ないと、この消息をILOソマビア事務総長と随行しているイ・チャンフィ博士と論議してほしいと言いました。

そして午後4時頃、私たちは最後に総会会長の中でユン・ヨンモ先生とヘウンデ警察署情報課の職員の助けで承認証なしで会場に入りました。そこでILO総会労働者グループ実務者担当者と面談しハルモニたちが支援を要請し、総会場のあちこちを周り韓国側の参加者たちに積極的な活動を要請するなどの活動を行いました。そして最後の団体撮影をILOアジア太平洋地域総会の横断幕がかかる総会場前からソウル行きのバスに乗り込みました。ソウルに到着したのは11時になっていました。ハルモニたちとチェ・オクソンシスターはウリチプで一緒に休まれました。

8月30日(水)

① 第724回水曜デモはハンサルリムが主管しました。有機農業耕した米と豆で作った餅を作ってハルモニたちに差し上げ、カンガンスォウレなど盛りだくさんの文化行事を準備して参加者たちと一緒に行いました。カンジャン中学校の学生たちが30数名参加し、韓日大学生たちも20数名参加しました。

② 東京地方裁判所は中国人である従軍慰安婦8名が申し立てた損害賠償訴訟を棄却したという消息が伝わってきました。30日、東京地方裁判所は第二次大戦当時日本政府が行った性奴隷に対してこれら8名が申し立てた損害賠償訴訟は過去戦争憲法下で成立した事で責任を現政府に問う事が出来ないと言う理由で棄却したと明らかにしました。

③ ソウル施設関連公団から博物館建立文書と関連して事務所に来て説明を聞きたいという連絡が来ました。来週の初めに会う予定です。

8月31日(木)

① ユン・ミヒャン事務総長は取れずにいた夏休みを今日と明日の二日間で取る事にしました。

② ソン・パニムハルモニは集中治療室から一般病棟へ移りましたが、退院しても良いと言うのでソンナムの息子さんの家に近くが良いと家族が決めました。カン・ジュヘ局長が退院に付き添いました。

③ ファン・グムジュハルモニは今日も事務所の実務者たちの白髪を増やそうとします。事務所で住民登録所を盗んだと言われます。

9月1日(金)

① ユン・ミヒャン事務総長がナヌムの家に言ってきました。キム・グンジャハルモニがずっと具合が悪く動けないでいて、チ・ドゥリハルモニも忠告へ行って来た後にとても体調が悪いと言われますが、平日には時間が取れないので休暇中に時間を作りました。キム・グンジャハルモニはベットにずっと横たわり、目まいがするので起き上がる事も出来ないと話されます。何を食べても吐いてしまうので食べる事が出来ないと言います。

チ・ドゥリハルモニは壁だけを見つめて横たわり、人も見分ける事が出来なくて手真似をします。パク・オンニョンハルモニ、イ・オクソンハルモニと話をしていてこんなに時間が立つと思いませんでしたが、夕食頃になりカン・イルチュルハルモニ、キム・スノクハルモニに挨拶をしてナヌムの家を後にしました。

② 夕方7時に教育館で「戦争と女性人権センター」の7回目の月例セミナーを開きました。テーマは戦時下性暴力と日本軍「慰安婦」問題で行い、カン・ガラムさんが講義をしました。

*次回は博物館関連の活動と9月28日に予定されている「歴史の中の戦争、戦争の中の女性」国際ジンポジウム、10月中旬頃に予定されている沖縄平和紀行チームの募集及び推進事業を中心に事業を行う予定です。

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2006年9月 7日 (木)

国防部前でキャンドルデモ再開

平澤、大秋里の空き家撤去“秒読み”

汎国民対策委「最後まで村を守り抜く」

国防部前でキャンドルデモ再開

                                                          キム・ドギュン記者

政府が来週、平澤米軍基地収容予定地内にある空き家の撤去作業を行う予定である事が分かった。

「民衆の声」の取材の結果、政府は早ければ来週中に平澤、大秋里・トドゥリ一帯の空き家の撤去作業を始める予定で来る13日をXデーと予想している。

これと関連して複数の関係者を取材した結果、警察は来週の水曜日(13日)を撤去作業開始日だと判断している事が分かった。国防部の関係者も「まだ、いつなのか正確な日を決めた訳ではない」としながらも来週の撤去作業の可否について否認しなかった。

他の関係者は「11日から13日の間に撤去作業を実施することを知っている」と明らかにし、早ければ週明けである月曜日に作業が実施される可能性も排除することが出来ない。

政府の空き家撤去はこの間、数度撤去を検討してきたが住民の移住対策論議などが絡み合い何度かその時期を延ばし、政府内の業務調節などの問題などでも時期が延ばされて来た。政府は早いうちにこのような内容を含んだ米軍基地移転作業の今後の計画を説明する予定だ。

政府は空き家撤去と共に住民の移住作業にも拍車をかける方針だ。当初、住民の移住対策に結論が下されれば同時に空き家撤去を断行する法案も検討された事も明らかになり、これ以上時間を引き伸ばす事が出来ないと判断に影響を与えたと見える。

当初、来る24日平澤平和大行進以降に撤去を行うと予想していた汎国民対策委は繰り上げられた撤去の消息に憂慮を明らかにし、今日7日から国防部前でキャンドルデモを開き政府の空き家強制撤去計画の撤回を要求する計画だ。

平澤汎国民対策委は緊急指針を通じて住宅強制撤去が行われた場合、角界各層は大秋里・ドドゥリに集結して頑強に村を守り、各団体別に緊急糾弾声明を発表したうえ、青瓦台・国防部に抗議闘争を行う事を明らかにした。またソウルと平澤を始めとした全国各地で米軍基地或いは主要拠点で同時多発キャンドル集会、サイバーキャンドルデモを行う予定だと付け加えた。

軍・警 大秋里とトドゥリ監視活動

業者、ヘリを動員して村を観察撤去緊迫した現場

ソ・ジョンファン記者

△空中から大秋里・トドゥリを監視中の警察ヘリ機 *民衆の声資料写真

空き地撤去を控えている平澤、大秋里・トドゥリに公権力側の「事前調査」の兆しが見える。

平澤米軍基地拡張阻止の為に彭城住民対策委のシン・ジョンウォン組織局長は「4日午後3時頃、国防部職員を乗せた車1台と業者の車両と見られる釜山ナンバーつけた車が村に出現した」とし「車中に乗車していた人数は詳しく分からなかったが車両が村の周辺を行き来して地形を調べていた」と伝えた。

シン局長は「4時30分頃には警察のヘリが村の上に長時間飛び回り村を見下ろしていた」とし「国防部と警察が空き家の強制撤去のために家屋の位置、住民たちの動きなどを調べた事を見ると確認し強制撤去が近づいてきたようだ」と話した。

また彼は「彭城邑の事務所には大秋里・トドゥリ村で移住した人々からこれ以上転入届を受けつけない」と言う国防部の要請公文が出され、チキミたち(移住して村を守る人々)大秋里へ住所を移す事が出来ないでいる」とし「これは大秋里・トドゥリ強制撤去を阻止しようとするチキミたちの数が更に増えないようにし、検問を通じて村へ出入りしようとするチキミたちを統制しようとするものだ」と明らかにした。

尋常でない公権力の行動から平澤、大秋里・トドゥリの強制撤去が切迫している事が推測される。

2006年9月5日 民衆の声

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2006年9月 6日 (水)

【挺対協】週間消息30-①

韓国挺身隊問題協議会(挺対協)の週間消息を翻訳

挺対協事務所2006年週間消息30-①【8月21日~8月27日】

ILOアジア太平洋地域総会対応活動が今回の中心活動でした

                           報告:ユン・ミヒャン事務総長

8月21日(月)

① 月曜日、週の始まりです。週末の間、アメリカに留学しているソン・ヨンインさんからILO専門家委員会に送る報告書を英語に翻訳したものを受け取りました。

ボランティアに早くして欲しいどれほどせっついたことか・・・本当に申し訳ないです。それでも一生懸命に助けてくれたかヨンインさんが有難いばかりです。お陰で週末に報告書に添付する資料リストも準備出来ました。

② オーストラリア・アムネスティーのキャンペーンを行い、共に連帯してくださった方柄に手紙を送りました。アーストラリア・アムネスティーの方々、各地域でのキャンペーン担当実務者たちに感謝のメールを送ると、また感動の返信を下さいました。

③ オーストラリアにチャン・ジョムドルハルモニとユン・ミヒャン事務総長が時間をかけて遠い道のりに苦労したのですから良い結果を引き出すことが出来れば嬉しいです。"Friends of Japanese Military 'Comfort Women' in Australia"がうまく推進することが出来るように祈ります。エナソンとオーストラリアの友人たちの会と関連した意見交換をしました。

8月22日(火)

① 大阪の韓統連が行う“真のコリア”ツアーの16名がソウルに到着しました。みんな“愛女性会”の会員たちで日本では平和運動をしている女性です。午後6時に事務所を訪問しビデオを見て、ユン・ミヒャン事務総長の講義を聞き、ウリチプにいらっしゃるハルモニたちと実務者たちと共に夕食を取りながら交流会を持ちました。

ファン・グムジュハルモニが二週間の入院生活を終えて退院をする日であり、イ・スンドクハルモニも約一ヶ月の入院生活を終えて退院する日でした。ちょうど二人のハルモニの退院祝いのようになった日の交流会はハルモニたちの健康を祈り、ハルモニたちが生きているときに日本政府が必ず謝罪し、補償するようにもっと努力しようと誓う時間となりました。

“愛女性会”会員たちがみんな「戦争と女性人権博物館」建立基金の伝達もして下さいました。

② 釜山で開かれるILOアジア太平洋総会で日本軍「慰安婦」問題を広報して、ILO総会案件採択を通じて「慰安婦」問題解決を訴えるために準備したものが本当に多いです。毎日毎日、電話とメールのやり取りがありますが、努力の末に嬉しい知らせが来ました。

ハルモニたちとILO事務総長との面談事業が今週の土曜日頃に実現することになりました。この出会いは北京ILO事務所のイ・チャンフィ博士が進めて下さいました。両労組の国際局、労働社会問題研究員のユン・ヨンモ先生たちと数度の論議をしながら事務総長との面談は難しく、事務総長が推薦する高位級職員と面談するだろうと考えていたのですが、イ・チャンフィ博士の努力と両労組の努力で事務総長がハルモニたちと直接会うことを決定したようです。

③ ILO基準適用委員会の専門委員会に送る報告書作成のために一日中、英語の文書と資料に埋もれました。翻訳された資料を順番に編集して、添付ファイルをプリントして、翻訳されたものを監修するためにオーストラリア"Friends of Japanese Military 'Comfort Women' in Australia" ソン・エナさんの助けを求めました。

④ 最近はファン・グムジュハルモニのためにウリチプのソン・ヨンミ先生も事務所にカン・ジュヘ局長とユン・ミヒャン事務総長はとても多くの事を経験しました。

ハルモニが病院からウリチプへ退院されから、とても変わりました。通帳を事務所でくれないと言ったりもし、マガモを3匹ゆでてお粥を作ると他のハルモニたちが一粒も残さず召し上がったのですが、朝ご飯を一口だけ食べて後は何も食べずにお腹がすいたからご飯が食べたいと言われたり・・・

夜遅くに事務所でILO専門家委員会の報告書作業ために仕事をして9時30分頃、整理をして最後にウリチプのハルモニたちが気になって電話をするとファン・グムジュハルモニがユン・ミヒャン事務総長を探していると、そしてハルモニがおかしくて、ゆっくり出来ないとイ・ヨンスハルモニが様子を伝えてくださいました。

家へ向かっていた車をウリチプへ引き返すとファン・グムジュハルモニが痴呆と言う老人病になったようです。しきりに何かを話され、通帳がないと言ったり、一日に4,5回は風呂敷を広げては包むことを繰り返されて・・・そうするうちに事務所までようやく降りてこられてタクシー費を貸して欲しいと言われ、タクシーを捕まえて家まで連れて帰って欲しいとおっしゃり、話しても話しての通じません。最後にはタクシーに乗せた時から心配になります。夜に何かないかと・・・

しかし、大丈夫です。“お金”問題だけを除いて、病院費も出さず、タクシー費も貸して欲しいと言い、“お金”の問題だけ出ればそんな事はないとおっしゃります。私たちが法的な責任と権限もない関係を見るとハルモニが病院に行かないと言えば私たちの意志で病院にお連れすることが出来ない状況で、どうすることも出来ない境遇です。そうしてみるとハルモニにあちらこちらに引っ張られる実務者たちの身の上が本当に気の毒です。

8月23日(水)

① 今日の第733回目の水曜デモは韓統連“真のコリア”ツアーの参加者が挺隊協事務所と共同で主管しました。

愛女性会の会員たちが韓国の民衆歌謡“共に行こう、私たちの道を”の歌を韓国語で歌い参加者たちの感嘆を誘い、「遊びながら育つ子供たち」と言う会の子どもたちと母親も共に参加し風車を作ってきてハルモニたちに伝達し歌を歌い、小学生の子どもたちも先生とともに参加し、中学生・高校生など多くの青少年たちが参加しました。

90歳になられるイ・ギヒョン詩人はハルモニたちのために詩を書いてこられ朗読されました。天気はとても暑かったが日本軍「慰安婦」問題解決のために連帯と熱い情熱は暑さにもビクともしませんでした。

② 水曜デモに黄海道クッ(巫女の祈りの儀式)保存伝授会のキム・サンスン理事が来られました。27日(日)仁川で日本軍「慰安婦」ヘウォンでクッを行います。その行事を前後して忙しいのに他の理事と一緒に来られて8月29日、釜山ペックスコILOアジア地方総会対応活動のためにバスを貸切にしなければなりませんが、その費用を補助して下さいました。

③ ファン・グムジュハルモニは今日、再びウリチプに行かれました。

④ ウリチプでイ・ヨンスハルモニ、チャン・ジョムドルハルモニ、ファン・グムジュハルモニ、キル・ウォノクハルモニ、イ・スンドクハルモニと共にアートセラピー教室が開かれました。最近、ハルモニたちは絵を描きながら作文を書き、それを童話の本に作っています。

8月24日(木)

① アジア太平洋地域ILO総会の開幕式を前後して釜山の会場前で行う記者貴社会見と集会への参加団体を組織しています。釜山の釜山女性団体連合、民主労働党、東アジア大学、総女性学生会などが参加することになり、ソウルでは挺隊協実行委員たちと太平洋被害者補償推進協議会と全国女子大生代表者協議会が参加することになりました。

② 事務所会議を持ちました。ILOアジア地方総会の対応活動について集中して論議しました。

③ ウリチプではハルモニたちの箱庭治療が行われました。

④ ファン・グムジュハルモニはウリチプへ着いてすぐ自分の家へ向かわれたと言います。足に力もなく、体も一人で支えることも出来ないのにどこに行かれるのか・・・ウリチプのソン・ヨンミ室長と電話しながら土曜日にILO事務総長と会うのに行かないのだろうかと。それまでウリチプに居てくださいと、そんな活動に参加するのが好きなファン・グムジュハルモニを引き止めるのが大変です。

8月25日(金)

① ILOアジア太平洋地域総会を迎え日本政府に日本軍「慰安婦」問題解決を促し、ILOの積極的な介入と支援を要求した8・29~9・2活動について報道資料を各マスコミに発送しました。

② ILO基準適用委員会専門家委員会に送る報告書の政策作業は今日も続きました。明日、ILO事務総長との面談時に伝達し、ILOスイス本部事務局にも8月末までに届くように送らなければなりません。最後にはオーストラリアにいる私の友人デビさん(オーストラリア女性のアジア女性労組連合で活動)から報告書を送り、電話を通じて内容を説明し報告書の内容について状況を説明して、夜に受け取ったので製本機を購入して事務所で製本作業まで終えました。

③ ILO事務総長との面談準備をしています。ハルモニたちが直接、伝達する手紙を書き英語に翻訳しました。

8月26日(土)*今日はソマビアILO事務総長と面談しました。

①朝8時に事務所に到着してILO事務総長との面談準備をじっくりと行いました。資料をもう一度そろえ、もしもの時に備えてILO基準適用委員会専門家委員会に送る資料を予備としてもう少し製本しました。

朝9時、ハン・グギョム代表がパンと飲物を買って事務所に来られ、ひもじいお腹を充たす事が出来ました。そしてウリチプにいらっしゃるイ・ヨンスハルモニ、ファン・グムジュハルモニ、キル・ウォノクハルモニをお連れして民主労総へ向かいました。そこで10時30分から11時までILO事務総長と面談しました。

面談の席にはハルモニたちとハン・グギョム共同代表はILOが日本軍「慰安婦」問題が解決するために積極協調することを要請しました。ハルモニたちは一人づつの発言などILO事務総長はハルモニたちの言葉を聞きながら感情が込み上げ心が痛い、ハルモニたちを理解する事が出来そうだと話されました。

また、過去の幼い時にそのような痛みと犠牲を経験されたことについても胸が痛い思いだとして、女性たちが継続して戦争から被害を受けている、心から願う事はハルモニたちが適切な補償と謝罪を受ける事であり、これを通じて心の平和と安定を享受する事を願う。そして、全世界的に皆さんを支持する方々がいると言う事を伝えたいと話されました。

最後に民主労総の委員長がILO基準適用委員会専門委員会に送る要請書を伝達し、ハルモニたち124名の名前で書いた手紙を伝達しました。

②ファン・グムジュハルモニは結局、午後には家に帰られました。

8月27日(日)

① 仁川で開かれた黄海道クッ(巫女の祈りの儀式)保存伝授会の日本軍「慰安婦」ヘウォン鎮魂クッにカン・ジュヘ局長とソン・ヨンミ室長がハルモニたちと一緒に参加してきました。会場では博物館募金を行い、募金は伝達されました。募金額は240万ウォンを超えました。

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本当は9月1日までの消息が届いていますが・・・

全部翻訳するのにはもう少し時間がかかりそうなので、

とりあえず、一週間分だけアップしました。

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2006年9月 1日 (金)

日本軍「慰安婦」被害者ILO事務総長と面談、問題解決要請

日本軍「慰安婦」被害者ハルモニ“謝罪を受け、補償を受けなければ”

日本軍「慰安婦」明白な条約違反事項

フアン・ソマビアILO事務総長と日本軍「慰安婦」ハルモニたちとの面談が電撃的に行われました。26日午前9時民主労総を訪問したILO事務総長は両大労総の関係者たちとお面談が終わった後、隣の部屋で待機していた日本軍「慰安婦」被害者ハルモニたちと韓国挺身隊問題対策協議会〔挺隊協〕ハン・グギョム共同代表、ユン・ミヒャン事務総長、両大労総関係者たちと共に公式面談を持ちました。


△挺身隊慰安婦問題解決を訴えて発言中に泣き出しそうなイ・ヨンスハルモニ

「雨が降っても雪が降っても日本大使館前で集会を行っている。韓国の日本軍“慰安婦”被害者たちが日本に謝罪をしろと切実に願いました。10年を超える歳月の間、努力しても少しの変化もありません。ハルモニたちが年を取って・・・私が生きている間に解決しなければならないと思って信じてきました。この年になるまで一人で生きて来て・・・私は謝罪を受けなければなりません。」

79歳のイ・ヨンスハルモニが泣き出しそうになりながら発言を行いました。日本軍「慰安婦」問題解決を願いILO事務総長の手の甲に深い信頼をよせて口づけをしたりした。

現在の生存者は124名、私たちがみんな死んでも罪は消えません

昨年、ILO総会に行ってきました。良い知らせを聞けなくてどれほど足取りが重く、胸が痛かったことか・・・

罪を許すのが愛ですが謝罪もなく補償もなくこのように歳月だけ送っていたのにどうして許すことが可能ですか?私たちはどんどん死んで行きます。124名しか残っていません。私たちが死んでいって問題が解決できるのではありません。その罪は残ります。解決するようILOで努力して下さることをお願いしたいです。強い国が圧迫すれば解決出来ますか?頭のてっぺんから爪の先まで痛いです。この服がビリビリと引き裂かれ、お腹は4度の大きな手術をした。私は胆嚢もありません。足も踏みつけられ・・・薬に依存しています。水曜デモに参加するのは謝罪を受けて補償を受けたいからです。

必ず良い知らせをお願いしますと。その後、79歳のキル・ウォノクハルモニの発言が続きました。

心の平和を・・・適切な補償を必ず受けられる事を希望する

ハルモニたちの発言後、フアン・ソマビアILO事務総長は「皆さんとお会いしたかったです。皆さんが受けた歴史的な経験を聞き、感情が込み上げてきます。私の胸が痛み、皆さんを理解することが出来ました。私が感じた事は戦争が罪のない市民の人生を考えると言う事です。女性たちが継続して戦争の被害を受けています。心から申し上げる言葉は適切な補償と賠償を受けることを望むと言う事です。また、心の安らぎを保てるよう・・・すべての人々が心の安定と平和を享受する権利があります。皆さんの勇気に感動しました。話された事は全世界的に支持される事でしょう。」

民主労総のチョ・ジュノ委員長はこの場で10年間、提訴されながら今回も補完資料を準備したとしてILO事務総長に伝達し、ハルモニたちは自ら書いた手紙を伝達しました。

日本軍「慰安婦」明白なILO条約違反事項

日本軍「慰安婦」問題は民主労総と韓国労総が去る1995年からILO基準適用委員会の公式議題に採択され、ILO次元で適切な解決策と勧告を出さなければならないと主張してきた。しかし、日本労総である連合の曖昧な態度と日本政府の強力な反発で一度もILO基準適用委員会で公式議題として扱わなかった。

しかしILO労働者グループでは“慰安婦”問題が日本政府によってILO条約題29号〔強制労働禁止〕違反で、これによってこの問題がILO基準適用委員会で扱わなくてはならないと主張していた。国際法専門家たちから成るILO専門家委員会でもこの事案は明確なILO条約違反と言う事実を数回結論付けた。

ILOアジア太平洋地域総会の開幕式である29日〔火〕12時、釜山の総会場前で日本軍「慰安婦」被害者たちと挺隊協は市民団体と共同主管で記者会見、及び集会、写真展示を行う予定だ。

この日、両労組も共に連帯する計画だ。

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大秋里の風景②

緑の大地

              緑の大地

遠く広がる野原を見渡す丘には

風車があります。

青、黄、赤

黄色の風車が一人で回れば雨が降ると言いますね。

人々の心は黄色の風車に釘づけられます。

大秋里、トドゥ2里には人々が住んでいます。

警察たちは不法に検問をしています。

住民ではなければその誰もテチュリ、ドドゥ2里に

入って来ることが出来ないと言います。

大秋里、トドゥ2里には人々が住んでいます。

彼らは犯罪者ではありません。

平和の土地、生命の土地が泣いています。

ここが果たして大韓民国京畿道平澤市ペンソン邑テチュリ、トドゥ2里ですか?

大秋里、トドゥ2里には人々が住んでいます。

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大秋里の風景①

大秋里の風景

                    緑の大地

大秋里村の路地には赤く染まった唐辛子

焼け付くような日差しに一層、赤く輝く。

どっしりとコンクリートの床に腰を下ろし

唐辛子を乾かす農夫の指

力強い生き方

米軍基地が何のために鉄条網に守られなければならないのか

朝、あちこち村をひと回りしてみれば

土と共に生きている人々

親しみを込めた笑みで「どこ行くの・・・」

口もとの微笑み笑顔はしわでいっぱいだ。

ここ大秋里、トドゥ2里にも人々が住んでいる。

             

              924日、第4回平和大行進

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