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2006年8月27日 (日)

【挺対協】週間消息29

韓国挺身隊問題協議会(挺対協)の週間消息を翻訳

挺対協事務所2006年週間消息29【7月24日~8月20日】

                       報告:ユン・ミヒャン事務総長

*週間消息がとても遅くなりました。私が8月4日~14日まで “日本軍「慰安婦」被害者に正義を”国際キャンペーンに参加するためにオーストラリアを訪問していた為です。この為に報告が本日となりました。

1. 7月24日、ヨンイン体育館で韓国女子バスケットボールの試合がありました。この試合にファン・グムジュハルモニとユン・ミヒャン事務総長が参加しました。バスケット試合になぜ、参加したのでしょうか?「戦争と女性人権博物館」建立基金のカンパの伝達を受けるために参加したのです。この間、韓国女子バスケットボール連盟はゲームのたびに募金箱を観客席に回しながら基金カンパに参与を訴え、球団オーナーたちも募金に参与して下さいました。

基金の伝達式にこの間集まった募金箱の伝達を受け、バスケット連盟・国民銀行・サムソン生命も基金を伝達して下さいました。ファン・グムジュハルモニは花束を女子バスケット連盟のキム・ウォンギル代表に伝達し幸せな表情で記念写真を撮り喜びました。

2. 7月24日、民主労総の機関紙に日本軍「慰安婦」問題解決と労働者の連帯と言うテーマで記事を寄稿しました。

3. 2007年ILO総会準備を今からしています。日本軍の性奴隷問題と関連して日本政府がILO29号、強制労働を禁止している協約に違反した事例を総会案件として採択させる為韓国労総、民主労組と共に10年を超える歳月を活動してきました。

来年も私たちは諦めないで活動をする事にしました。7月24日から26日まで、ILO基準適用委員会専門家委員会に送る日本軍「慰安婦」問題と関連した新しい情報を集めて2007年3月に発表する専門家委員会の報告書に盛り込むことを要求する文書を作成しました。これから英文に翻訳して完成させる仕事が残っています。

4. 7月25日、8月9日を日本軍「慰安婦」問題解決を促す世界連帯集会と決定して参加団体を国内、国外で組織する仕事を始めました。各市民団体に世界連帯集会の参与を訴える公文を発送しました。

5. 7月26日、カンナム中学の学生たちを対象に講義を行いました。

6. 7月27日、午後7時にチョン・ジンソンソウル大学教授(前挺対協共同代表)、ハン・グギョム、シン・ヘス、チョン・デヒョプ共同代表、アン・ヘリョンさん、パク・ジョンエ挺対協戦争と女性センター研究員、ユン・ミヒャン事務総長、キム・ドンフィ局長が参加する中で博物館コンテンツ委員会を持ちました。博物館資料について集中論議を行いました。そして、コンテンツ委員長をチョン・ジンソン前挺対協共同代表が担当する事名なりました。

7. 7月27日、アメリカ共和党エドワード・ロイズ委員がアメリカ下院で提出された日本軍「慰安婦」動員と関連した決議案が日本の力強いロビー活動にも関わらず、審議採択される可能性が大きいと明らかにしたと報道されました。良い知らせです。

8. 7月28日、8月29日から9月2日まで釜山で開かれるアジア太平洋地域ILO総会を準備するためILO事務局で実務者を訪ねました。理由はこの間、韓国の労組たちを通じて挺対協が日本軍「慰安婦」被害者ハルモニたちと共に釜山で総会が開かれる時にILO事務総長と面談を要請、記者会見、集会、写真展などの広報活動を行うと言う知らせを聞いて憂慮されているようです。様々な対話を持ちましたがお互いの立場を伝達して確認する場としかなりませんでした。

9. 7月31日、大阪から反差別部会の会員たちが平和紀行を行い、水曜デモを主管するために韓国を訪問しました。ナヌムの家と挺対協の事務所を訪問、ウリチプでハルモニたちと交流会を持ち、8月1日にはイムジン閣とメヒャンニを訪問しました。

10. 8月2日、第720回の水曜デモの日でした。今日の水曜デモは大阪から反差別部会で主管を行いました。とても暑い日でしたが、歌と踊りそして韓国語で準備した声明書、連帯発言は参加者たちを感動させました。夏休み中なので学生たちが参加して100数名近い人々が参加しました。

11. 裁判所で決心されました。7月5日、日本軍「慰安婦」被害者生存者109名が韓国政府を相手に政府が自国民の権利を保護するために外交的実践を行わず、権利と人権侵害されたとして、これについて救済を要請する憲法願いを裁判所に請求しました。この請求について裁判府が審判に回付すると言う決定を出しました。挺対協は直ちにこの決定を歓迎し、同時に今後展開される裁判の公開審議を要求する声明書を発表しました。

12. 8月4日、チャン・ジョムドルハルモニと事務総長は仁川空港からシドニーへ向かいました。オーストラリアでアムネスティーが主催する日本軍「慰安婦」被害者に正義を国際キャンペーンに参加する為です。8月5日の朝にシドニーに到着し、再び飛行機に2時間乗りアデレードに到着しそこからアムネスティーオーストラリア支部のキャンペーン担当者と会いました。

8月6日、日曜日の早朝にアデレードに住むオランダ人の日本軍「慰安婦」被害者ヤンハルモニに会おうとハルモニの家を訪問しました。オーストラリアの現地でラジオ局の記者とオーストラリアの韓国人の記者も同行しました。ヤンハルモニの家は小さな博物館ようだと思いました。韓国でハルモニたちに差し上げるプレゼントし、またヤンハルモニから戦争と女性人権博物館に展示する貴重な歴史的資料も下さいました。

8月6日午後、アデレード市内のあるカフェをアムネスティーが借りそこで 開催しました。チャン・ジョムドルハルモニの証言、ユン・ミヒャン事務総長の講義、ヤンハルモニの発言とティナ教授の発言がありました。ティナ教授は国際法律家教会〔ICJ〕のメンバーで去る1993年ICJで日本軍「慰安婦」問題を調査するために韓国を訪問して報告書を発表した二人の弁護士のお一人でした。10年以上の歳月が過ぎましたが、当時なにも希望が持つ事が出来なかったに希望に向けて力強く活動を始めたときの事を思い出し、嬉しい挨拶をかわしました。

8月7日、ホバッドへ行くためにアデレードからメルボルンへ、そこから飛行機に2時間乗りました。チャン・ジョムドルハルモニはずっと耳鳴りがして頭が痛いと訴えられましたが・・・

到着して現地記者とインタビューをしました。そして、夕食の時間に地域アムネスティー会員たちと女性団体活動家たちとともにフォーラムを開催しました。訪問するたびにアムネスティーはハルモニたちに送る連帯と希望のメッセージを可愛い蝶の形の紙に書き、日本政府に送る謝罪と補償を要求するハガキを書きました。

8月8日、メルボルン行きの飛行機に乗りました。

8月9日、メルボルン市庁で午後3時から9時まで日本軍「慰安婦」被害者に正義を!キャンペーンを行いました。3時には女性に対しての人身売買と性奴隷問題を告発する絵と日本軍「慰安婦」被害者たちの描いた絵を共に展示し、ビデオ上映、日本軍「慰安婦」問題を解決するための活動写真展を行いました。同じ時間にアムネスティーの高校生活動家と共に歓談の時間を持ちました。

チャン・ジョムドルハルモニは同じ娘として痛みを経験したが再び戦争になればオーストラリアや韓国も同じ女性たちが危険にさらされるとハルモニたちの問題を解決するために支援と連帯を要請しました。

午後5時にはメルボルン市庁でチャン・ジョムドルハルモニの証言とタイの女性に対しての人身売買事例の発表、東ティモール女性が自分の叔母が日本軍「慰安婦」として連行された事例の発表がありました。

8月10、シドニー行きの飛行機に乗りました。

8月11日、シドニー大学で学術セミナーがありました。オーストラリアのメルボルン大のセリー教授が現代の性奴隷問題と人身売買問題についての発題がありました。チャン・ジョムドルハルモニの証言、ユン・ミヒャン事務総長の講義があり、今後の提案と討論時間がありました。連帯団体を結成する意見が集まりました。

8月13日、評価を確認し休息をとった後に14日、韓国に戻りました。午後アムネスティーはキャンペーン期間中日本大使に謝罪と賠償を要求する書簡を伝達しました。

13. 8月8日、ソウルの日本人教会吉田牧師が新潟県の信徒学生たちと一緒に挺隊協の教育館を訪問して教育活動を行いました。

14. 8月8日、ファン・グムジュハルモニが倒れました。福祉館で食事をするために待っているときに倒れ、イファ女子大病院に救急室に運びましたが意識が戻りませんでした。

翌日、集中治療室に移って回復を待ち一般病棟に移りましたが、ハルモニは点滴の針を抜いて、家に帰ると声をあらげ・・・騒動が起こりました。結局6人部屋の他の患者たちの抗議でハルモニは高い二人部屋に移るしかありませんでした。そばには女性部の支援で付き添いが24時間ついていました。

ウリチブのソン・ヨンミ室長が朝と夕方にハルモニを訪ね、入院の手続きをするなど保護者の役割をしていました。オーストラリアでソン・ヨンミ室長が続けて消息を伝えてくれハルモニが怒鳴って、点滴の針を抜いたことを聞いてある意味では安心しました。

8月16日、17日、オーストラリアから戻ってすぐハルモニを訪ねましたが、ハルモニは再び目に力が出て、顔のむくみも取れて安心しました。ところがハルモニはもう家に帰ると強情をはりました。

家の花がみんな枯れてしまうと・・・仕方なくハルモニの家まで行って花に水をやり、腐った生ゴミを片付けそして、生き生きとしている花たちをカメラに収めて病院へ行きました。ハルモニが花たちをお見せして、点滴の針を抜けば体力が落ちてまた倒れるかもしれないので絶対に抜かないように念入りにお願いをして「うん、分かった。ありがとう。」少しの間ハルモニと色んな話をして病室を後にしました。しかし、夜に付き添いから電話がかかってきました。ハルモニがまた家に帰ると騒いでいると。

15. 8・9世界戦連帯集会が世界的に開催されました。ソウルでも日本大使館前で女性暴力中断、日本軍「慰安婦」被害者に正義を!集会を開催しました。挺隊協の実務者たちは色々、準備しなければならない事が多くて週末も返上して準備した集会がありました。10時から日本大使館前で舞台と音響システムを点検、プラカードも設置し、韓国政府に送るハガキを描くキャンペーンの準備などで人手が足りませんでした。

時間になりゾロゾロと夏休み中の学生たちが集まりだし、多くの団体もピケを持って集まり、日本大使館前は多くの人波でぎっしりでした。日本軍「慰安婦」被害者に正義を!スローガンが響き、パダソリの歌、カン・ヘジョン国際協力委員長の司会とハン・グギョム共同代表の開会辞、ハルモニたちの希望と解放を願う巨大な蝶が空へ飛び立ちました。アムネスティー韓国支部代表の発言、名古屋・三菱朝鮮女子勤労挺身隊訴訟支援する会の発言、フェミニスト歌手チヒョンさんの歌、チェ・オクスン対外協力委員長と小学生たちの声明書朗読、大きな自衛隊の旗を引き裂くパフォーマンスで集会を終えました。

今回の8・9世界連帯水曜デモはオーストラリア、香港、ネパール、アメリカ、スイス、ポーランド、デンマーク、モンゴル、マレーシアなどアムネスティー27カ国支部が共同で開催し、日本の6都市と台湾、国内では釜山からも8・15女性統一行進団、釜山女性団体連合など多くの団体が参与して開催されました。

16. 8月10日、挺隊協は女性団体たちと共にイスラエルのレバノン攻撃中断要求を女性団体呼びかけ文を発表しました。

17. 8月18日、挺隊協の戦争と女性人権センターは過去と現在の戦争が共存する沖縄で平和紀行をする参加者たちを募集する広告を始めました。

沖縄は満州事変で第二次世界大戦に続いて日本の侵略戦争当時、日本国内で唯一地上戦を経験した場所です。第二次世界大戦当時、沖縄には韓国から連れて行かれた徴用・徴兵及び日本軍「慰安婦」被害者1万余名がいました。アメリカが沖縄で上陸した時、数多くの沖縄の人々と韓国人たちは日本軍によって集団自決を強要し、生存者たちは集団自決の後遺症を今まで抱いて生きてきました。

日本が敗戦したあとアメリカが駐屯して沖縄の20%を米軍基地で奪いました。今回の沖縄平和紀行は過去沖縄戦争の跡を通じて日本軍「慰安婦」たちを記憶して平和を守るため、沖縄の人々の思考や実践する姿を学ぶための計画となりました。

18. 8月13日から15日まで東京で靖国反対国際行動が開催されました。台湾と韓国・日本、沖縄の市民団体が共に参加しましたが、韓国からは150名の市民団体活動家と遺族たちが参加しました。挺対協からはカン・ジュヘ局長とキル・ウォノクハルモニ、イ・ヨンスハルモニ、キム・スノクハルモニと共に参加し、靖国反対行動キャンペーンの他にも日本軍「慰安婦」問題行動ネットワーク女性団体たちと歓談などを持ちました。

19. 8月16日、ソン・パニムハルモニが集中治療室に入院しました。長い間闘病生活を送ってきましたが、血圧が下がって病院にお連れしましたが・・・

20. 8月16日、第722回水曜デモを在米同胞青年団体KEEP、KINの共同主管で行われました。学生たちも約100名ほどが最後の宿題をするために群がって押し合いので蒸し暑さを増しました。

21. 8月18日、久しぶりに事務所会議を行いました。今後の水曜デモの準備、アジア太平洋地域ILO総会の準備、ILO専門委員会に報告書を提出、ハルモニたちの生活、国際キャンペーン点検、博物館推進状況点検など多くの議題を討論しました。

22. 8月18日、今日もファン・グムジュハルモニの病院を訪問しました。今日の午前に胃の内視鏡をして午後に結果が出ると言います。大腸にも炎症がありますがハルモニが拒否して大腸の内視鏡は出来ませんでした。今日は入院費などの問題をハルモニと論議しました。

*今後も一層、努力をして消息をお伝えします。

いつでも挺対協の活動にハルモニたちの健康のため

心で、財政で、活動を共にして下さる方々に感謝致します。

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2006年8月24日 (木)

今しばらく・・・

最近は更新が滞っています・・・

今週、ミヒャンオンニから挺対協消息が届きました。

只今、翻訳中で。。。

早ければ、明日にでもアップ出来ると思います。

今しばらく、お待ちくださいね*^^*

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2006年8月 4日 (金)

【挺対協】週間消息28

韓国挺身隊問題協議会(挺対協)の週間消息を翻訳

挺対協事務所2006年週間消息27【7月17日~7月23日】

                     報告:ユン・ミヒャン事務総長

7月17日(月)

*今日は憲法記念日で祝日です。

① 教育館空調施設2次工事:工事は始めが肝心。これが今日の教訓です。2001年に教育館の施設を作りながら工事をする時、防水と換気施設問題を全く考慮しなかったため雨が降れば壁側から水が入ってきて資料が痛んで、換気が出来ないので湿気が多い日にはカビの臭いがしていました。

防水のための工事を昨年に終えましたが、換気対策は立てていませんでしたが私たちの健康のために今回は必ず解決する事にしました。この為にボランティアを引き受けて下さった方がいました。キョンギ大社会教育院で社会福祉を勉強しておられる方がウリチプのソン・ヨンミ室長の話を聞いて応援して下さいました。ご自身の仕事があるために週末か祝日を利用して工事をして下さいました。一月前に工事をして教育館の天井に換気施設を4つ付けて、事務所の横に出し換気する工事をしました。

② 実行委員会と博物館のコンテンツ会議を準備する作業を一日行いました。

③ 自宅にいる時にも挺対協HPを検討して意見があれば質問をしてもらって答えると言う活動をしていますが、今日は祝日にも関わらず大学生たち数人が事務所に電話をしたようです。事務所に電話をしても電話を受けないので掲示板に書き込みをして水曜デモについての質問をしていました。普段は事務所の電話を実務者たちの携帯に接続していましたが今週には実務者たちが不定期的で事務所に出勤していましたが・・・祝日なので実務者たちが休務すると言う公示を残しました。

7月18日(火)

① 博物館コンテンツ委員会の会議開催:シン・ヘス共同代表、ハン・グギョム共同代表、チョン・ジンソン、前共同代表、ユン・ミヒャン事務総長が会しコンテンツ委員会会議を行いました。アン・ヘリョンさんは欠席でした。1)コンテンツ委員会拡大:ハン・ウォンサン記者、パク・ジョンエ戦争と女性人権センター研究員、挺身隊研究所のヨ・スンジュ副所長に交渉することにしました。2)次の会議は来週の木曜日午後18:30分に行う事にしました。

② 7月の定期実行委員会を開催:シン・ヘス、ユン・スンニョ、ハン・グギョム、チョン・テホ、キム・ソンシル、チェ・オクスン、キム・インスク、チョ・ユニ、ユン・ミヒャン委員が参加する中で実行委員会を持ちました。1)下半期のヨーロッパでの行事準備2)名古屋:三菱女子勤労挺身隊訴訟支援の集いの活動に連帯3)オーストラリアAmnesty Internationalの8月4~14日の行事参加4)戦争と女性人権センター国際シンポジウム開催などを論議しました。

③ ソン・パニムハルモニ訪問:事務所の近くにいるソン・パニムハルモニを訪問して来ました。ハルモニはすでに他のところに動きたいと言う様子を見て実務者たちの心配と落胆は深いです。

④ ソウル都市公園委員会開催:戦争と女性人権博物館敷地審議:午後3時にソウル市都市公園委員会で博物館敷地と関連した審議をして通過しました。ただ、もう一階高くしたいと言うイ・ミョンジュ共同建立委員長の要請に対して小委員会で現状調査をして受け入れるかどうか判断して最終承諾する事にすると言われました。

測量はキム・ガンレ共同建立委員長(ミョンチ大教授)がしてくれる事になりました。これからはコンテンツ委員会活動も拍車をかけ、募金も積極的に行わなければなりません。

7月19日(水)

① 第718回水曜デモ、アンシン民衆連帯、安養・グンポ・ウィワン統一連帯、民族和合運動連合、アンサン統一フォーラム、平和づくり共同の主管で開催:今回の水曜デモは学生たち100数名が参加しました。可愛いピケも作ってきて、予め発言を準備して来て発表する学生もいました。

今日は水曜デモを主管した団体たちと参加者たちは最近、北のミサイル発射と関連して日本に先制攻撃を云々しカン・ジュヘ半島に戦争の脅威を助長する軍事大国化へと進むように見える日本を糾弾する主旨で声明書を作成し、自由発言を準備して来ました。テルン高、シンガァン中、プルアム中学校学生たちが参加しました。

② チ・マノン名誉毀損損害訴訟裁判がありました。

③ ウリチプでハルモニたちのアートセラピーがありました。

7月20日(木)

① 靖国神社反対運動、国際シンポジウム開催:ソウル銀行連合会館で“世界の目で靖国を見る”“文明と野蛮の間”と言うテーマで国際シンポジウムを開催しました。今日から明日まで行われるこのシンポジウムには台湾、中国、日本、沖縄、アメリカ、ドイツから学者及び市民団体が参加しました。

② ウリチプでハルモニたちの園芸治療教室がありました。

③ プチョン市民連合女性会のプチョン文化センターで第4回の女性平和教育で講義:プチョン市民連合女性会が日本軍「慰安婦」問題を女性平和教育の第一回目の講義を開きました。午後7時30分から9時までユン・ミヒャン事務総長が講義を行い、共に“消せない歴史”のビデオを上映しその後、感想を共有するなど交流会まで続きました。9月中に水曜デモも主管すると言います。

7月21日(金)

① 今日だけは特別な日程がなく事務所の日常業務を行いました。勿論、ハルモニたちとの電話は外す事が出来ない仕事です。時間をおいてイムハルモニだけは今日一日に3回も電話を下さいました。98年に政府から支給した慰労金を自分は受け取った事がないので調べて欲しいと言う内容だったのですが、確認する方法がありません。女性部はすでに10年前のことなので資料がないと言い、老人の痴呆と無視する事も出来ずおそらくハルモニは市庁にも銀行にも何度も電話をしたようです。

② 日本「女性たちの戦争と平和資料館」の渡辺ミナさんと電話しました。ILO専門家委員会の報告書のために英語の資料を補完、8月13日から15日まで東京での靖国反対国際行動にハルモニたちと参加する事などについて論議しました。

③ 日本の立法実現を求める会にメールを送りました。やはりILO専門家委員会の報告書を補完する資料のために立法活動の追加事項、強制連行、慰安婦調査局設置法案などについて英語の資料を要請しました。

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